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【写真特集】「ミスタードラゴンズ」立浪監督の軌跡

 プロ野球中日の新監督に球団OBの立浪和義さんの就任が決まった。“ミスタードラゴンズ”立浪さんのこれまでの軌跡を、写真で振り返る。

中日ドラゴンズの監督就任が決まり、会見後のフォトセッションに応じる立浪和義さん

中日ドラゴンズの監督就任が決まり、会見後のフォトセッションに応じる立浪和義さん

中日ドラゴンズの監督に就任し、記者会見する立浪和義さん(右)。左は大島オーナー=10月29日、名古屋市内のホテルで

中日ドラゴンズの監督に就任し、記者会見する立浪和義さん(右)。左は大島オーナー=10月29日、名古屋市内のホテルで

大島オーナー(右)から中日ドラゴンズの監督就任要請を受ける立浪和義さん=10月29日午前、名古屋市内のホテルで

大島オーナー(右)から中日ドラゴンズの監督就任要請を受ける立浪和義さん=10月29日午前、名古屋市内のホテルで

1987年高校野球選手権大会 春夏連覇を達成し場内を一周、応援席前で高々と優勝旗をかかげるPL学園・立浪和義主将

1987年高校野球選手権大会 春夏連覇を達成し場内を一周、応援席前で高々と優勝旗をかかげるPL学園・立浪和義主将

入団発表で星野監督と握手する立浪和義(右)=1987年12月16日

入団発表で星野監督と握手する立浪和義(右)=1987年12月16日

中日×大洋1回戦 六回裏無死、高校出ルーキーで22年ぶり先発出場の立浪和義はプロ初安打となる二塁打を右翼右へ放つ=1988年4月8日、ナゴヤ球場

中日×大洋1回戦 六回裏無死、高校出ルーキーで22年ぶり先発出場の立浪和義はプロ初安打となる二塁打を右翼右へ放つ=1988年4月8日、ナゴヤ球場

オールスター戦にファン投票で選ばれ、喜色満面の立浪和義=1988年7月15日、名古屋市西区の中日屋内練習場で

オールスター戦にファン投票で選ばれ、喜色満面の立浪和義=1988年7月15日、名古屋市西区の中日屋内練習場で

セ・リーグ優勝のチャンピオンフラッグの前で「やったネ」と新人王・立浪和義(左)の肩を抱くMVPの郭=1988年10月30日、名古屋市中区のクラブ東海で

セ・リーグ優勝のチャンピオンフラッグの前で「やったネ」と新人王・立浪和義(左)の肩を抱くMVPの郭=1988年10月30日、名古屋市中区のクラブ東海で

中日―巨人 10.8最終決戦で一塁へヘッドスライディングし、左肩を脱きゅうした立浪和義(左)=1994年10月8日、ナゴヤ球場

中日―巨人 10.8最終決戦で一塁へヘッドスライディングし、左肩を脱きゅうした立浪和義(左)=1994年10月8日、ナゴヤ球場

1000本安打達成の立浪和義=1996年6月2日、東京ドームで

1000本安打達成の立浪和義=1996年6月2日、東京ドームで

11年ぶりにリーグ優勝し、星野監督(左)らと場内一周する立浪(右)1999年9月30日、神宮球場で

11年ぶりにリーグ優勝し、星野監督(左)らと場内一周する立浪(右)1999年9月30日、神宮球場で

うららかな日差しの下、ゴルフを楽しむ(右から)立浪、山本昌、関川=2000年11月30日、愛知県豊田市の中京ゴルフ倶楽部石野コースで

うららかな日差しの下、ゴルフを楽しむ(右から)立浪、山本昌、関川=2000年11月30日、愛知県豊田市の中京ゴルフ倶楽部石野コースで

8回表無死1、2塁 右前にプロ入り通算2000本安打を放ち、雄叫びを上げる立浪和義=2003年7月5日、東京ドーム

8回表無死1、2塁 右前にプロ入り通算2000本安打を放ち、雄叫びを上げる立浪和義=2003年7月5日、東京ドーム

巨人-中日 8回表中日無死一、二塁、通算2000本目となる安打を放ち清原(右)から花束を贈られる立浪和義内野手=2003年7月5日、東京ドーム

巨人-中日 8回表中日無死一、二塁、通算2000本目となる安打を放ち清原(右)から花束を贈られる立浪和義内野手=2003年7月5日、東京ドーム

山田監督(左)と金田正一会長から名球会のブレザーを着せてもらい笑顔がこぼれる立浪和義=東京ドーム

山田監督(左)と金田正一会長から名球会のブレザーを着せてもらい笑顔がこぼれる立浪和義=東京ドーム

2000試合出場を達成し、記念の花束を受け取る立浪=2004年6月29日、福井県営球場

2000試合出場を達成し、記念の花束を受け取る立浪=2004年6月29日、福井県営球場

小雨の中、優勝パレードで沿道のファンに手を振る立浪和義(右)と川上憲伸=2004年10月30日、名古屋市中区栄の松坂屋本店前で

小雨の中、優勝パレードで沿道のファンに手を振る立浪和義(右)と川上憲伸=2004年10月30日、名古屋市中区栄の松坂屋本店前で

試合前のセレモニーで、19日に達成した通算二塁打日本新記録を祝して、井端(手前)から花束を贈られ笑顔の立浪和義=2005年5月24日、ナゴヤドーム

試合前のセレモニーで、19日に達成した通算二塁打日本新記録を祝して、井端(手前)から花束を贈られ笑顔の立浪和義=2005年5月24日、ナゴヤドーム

日本ハムを破って日本シリーズを制し、笑顔でグラウンドに駆け出す立浪=2007年11月1日、ナゴヤドームで

日本ハムを破って日本シリーズを制し、笑顔でグラウンドに駆け出す立浪=2007年11月1日、ナゴヤドームで

沿道の声援を受け、オープンカーに立ち上がってパレードする中村紀(右)と立浪=2007年11月17日、名古屋市中区で

沿道の声援を受け、オープンカーに立ち上がってパレードする中村紀(右)と立浪=2007年11月17日、名古屋市中区で

9回裏無死一塁、最後の打席で右中間にタイムリー二塁打を放つ立浪。投手越智=2009年9月30日、ナゴヤドーム

9回裏無死一塁、最後の打席で右中間にタイムリー二塁打を放つ立浪。投手越智=2009年9月30日、ナゴヤドーム

引退セレモニーを終え、ナインから胴上げされる立浪=2009年9月30日、ナゴヤドームで

引退セレモニーを終え、ナインから胴上げされる立浪=2009年9月30日、ナゴヤドームで

立浪さん(右)の背番号「3」を引き継ぐ高橋周=2014年12月11日、名古屋市内のホテル

立浪さん(右)の背番号「3」を引き継ぐ高橋周=2014年12月11日、名古屋市内のホテル

新旧ユニホームで勢そろいした(左から)荒木、立浪、高木、福留、岩瀬、山本昌=2018年11月24日、東京ドーム

新旧ユニホームで勢そろいした(左から)荒木、立浪、高木、福留、岩瀬、山本昌=2018年11月24日、東京ドーム

2019年シーズンのドラゴンズについて対談する与田監督(左)と本紙評論家の立浪和義さん=2019年2月4日、北谷球場

2019年シーズンのドラゴンズについて対談する与田監督(左)と本紙評論家の立浪和義さん=2019年2月4日、北谷球場

野球殿堂入りを果たし表彰式であいさつする元中日の立浪和義さん(左)と権藤博さん =2019年7月12日、東京ドーム

野球殿堂入りを果たし表彰式であいさつする元中日の立浪和義さん(左)と権藤博さん =2019年7月12日、東京ドーム

根尾(左)に打撃指導する立浪和義さん=2020年2月23日、北谷公園屋内運動場

根尾(左)に打撃指導する立浪和義さん=2020年2月23日、北谷公園屋内運動場

練習する選手を見て、穏やかな表情の立浪臨時コーチ=2021年2月12日、沖縄・北谷

練習する選手を見て、穏やかな表情の立浪臨時コーチ=2021年2月12日、沖縄・北谷