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静岡ニュース

脱原発票どこへ 軽い公約、見えぬ道筋

放射能測定器に検体を入れる杉浦直樹さん。「不安な人の助けになりたい」=浜松市北区初生町で

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 「ゼロをめざす」「安全第一の原則で判断する」「卒」「フェードアウト」−。衆院選で原発に対する各政党の主張が見えてきた。しかし「原発ゼロ」の公約にでさえ、原発との決別を願う有権者からは「具体性がない」「選挙対策の甘言」といぶかる声が漏れる。“脱原発票”はどこへ向かうのか。

 東北・三陸沖のサンマから静岡県産の茶葉まで。市民団体「静岡放射能汚染測定室」(静岡市葵区)が十一月に新設した浜松分室には、市民から食品の測定依頼が相次ぐ。食品中の放射性物質は国の基準値で規制されているが、分室長の杉浦直樹さん(37)は「自分の身は自分で守る、という市民の意識が高まっている」と受け止める。

 分室は母昭子さん(64)が浜松市北区初生町で営む自然食品店「あさのは屋」に併設。一九八六(昭和六十一)年のチェルノブイリ原発事故後にできた測定室に昭子さんが携わっていた経緯もあり、福島の事故を受けて自ら食品の安全性を確かめようと親子で決めた。

 「農薬や食品添加物は生産段階で制御できるけれど、放射能は違う。原発を存続させる限り、放射能汚染は起こり得る」と昭子さん。原発の行方が争われる衆院選に期待したいが、直樹さんは「争点ぼかしを感じる」と危ぶみ、昭子さんも「どの政党が勝てばいいというより、政治への信頼が薄らいでいる」と明かす。

 静岡市葵区の理学療法士小笠原学さん(37)は昨年六月から毎月、福島県いわき市の保育所などに静岡県産の有機野菜を送る支援と交流を続けている。福島の事故に「無関心だった大人の責任」と感じたからだ。しかし、政治も市民の意識も、事故前とさほど変わっていないのではないか。そんな危機感がある。

「震災前原料」のシールを張った値札=浜松市北区初生町で

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 家族離れ離れの生活、将来の健康不安…。保育所長は小笠原さんに「子どもたちに申し訳ない」と泣いた。仮設住宅で静岡産のキュウリを受け取った子どもは「このままかじっていいの?」と喜んだという。

 あらためて衆院選の公約を見ると、あいまいな脱原発や原発維持への逃げ道も目立つ。「福島の苦しみが伝わっていないのではないか」と感じざるを得ない。原子力政策を語るための前提となる情報が足りない、と。

 福島の事故まで市民活動には無縁だった。それなのに衆院選に向け投票や行動を呼び掛けるチラシ作りも始めた。「多くの市民に自分の問題として考え、行動してほしい。何をやればいいのか正直分からない。でも何かやらずにはいられない」

 直樹さんも小笠原さんも二児の父。それぞれ活動は異なるが、福島の事故から「子どもたちの世代に原発を残したくない」と共通の思いを抱いている。

 福島の事故から初めての総選挙。十一月十八日に静岡大で講演した清水修二・福島大教授(地方財政論)は被災者の窮状を訴え「福島の事故の前と後で投票の意味は違うと考えてほしい」と強調した。

(赤川肇)