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長野ニュース

主な候補者の横顔 <4区>

◆後藤茂之さん(57) 自元 20キロ以上の減量に成功

 国政復帰を目指して掲げたスローガンは「スタートゼロ」。日本の再生を訴えつつ、政治の原点に戻って取り組む決意を込めた。

 この三年余、地元の声を聞いて歩いた。資金繰りに窮し従業員を解雇せざるを得ないと明かす企業経営者、息子の働く場がないと嘆く親。厳しい雇用情勢を目の当たりにし、「国民の生活目線でもう一度政策を見直さなければ」と痛感した。

 党政調副会長、行革推進本部事務局長を務め、公務員制度改革案などをまとめた実績がある。「責任ある政治を実行する思いは誰よりも強い」と自負する。

 食事に気を配り二十キロ以上の減量に成功したが「元気がなさそうと言われたので、五キロほど戻した」。諏訪市湖岸通り。

◆上田秀昭さん(58) 共新 石田衣良の作風が好き

 新潟県旧山古志村(現長岡市)生まれ。長岡工業高校を卒業し、岡谷市に工場があるピストンリング製造会社に入社。労組活動に携わり、「労働者の権利を守り、人間らしく働ける社会をつくりたい」と入党した。

 「財界中心、米国主導の政治を根元から断ち切り、国民が主役の政治に変える」と意気込む。国政に挑戦して十年。これまでは党の政策を中心に訴えてきたが、四回目の今回は「自分を前面に出す。党からも特徴を出して頑張れと言われている」と張り切る。

 趣味は読書。石田衣良をよく読む。「若者の心を描き、世の中の大変さを取り上げながらも希望はあるという作風が好き」。妻と子ども二人の四人暮らし。岡谷市長地鎮。

◆矢崎公二さん(53) 民前 記者時代に宮城で勤務

 新聞記者として政官業の癒着などを追及してきたが、一記者の力で政治を変えるには限界があると転身した。「現場の声を大切にし、一般市民がおかしいと思うことは一つひとつ指摘して変えてきた」と三年余りの一期目を振り返る。

 東日本大震災と原発事故への対応では、環境委理事として除染や原子力規制委員会の設置に力を尽くした。被災地宮城県は記者時代に勤務した思い出の地。「とにかく被災者の思いを実現させたい」と奔走してきた。

 故郷に戻りインフラ整備の遅れを実感したが、防災の視点から道路整備や砂防事業が着実に進んでいると説明する。「これまでやってきたことに誤りはない。向かい風を乗り越えて改革を進める」と誓う。茅野市宮川。

◆三浦茂樹さん(43) 未新 呉服店で修業忍耐学ぶ

 呉服などの販売会社の三代目。「地方で育ち、暮らす人間だからこそ、真の地方の姿を国に届けられる」と意気込む。

 岐阜県内の大学に進学し、卒業後は静岡県の呉服店で修業を積み「忍耐と思いやりを学んだ」と語る。一九九五年に木曽へ戻ったとき、商店の減少や高齢化進行が衝撃だった。「何とかしたい」と、二〇〇四〜〇六年に小沢一郎氏の政治塾に入門。過疎地医療の厳しさや経済衰退の実情を訴えると「自らが政界に」と促された。

 衆院議員秘書を経て、〇九年衆院選では比例代表北陸信越ブロックで民主党の比例単独候補となったが落選。中学校でバレーボール、大学でアーチェリーに力を注いだスポーツマン。木曽町福島。

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