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三重ニュース

<選挙区をゆく> (2区)激戦ルポ

決起集会に集まった支持者と一緒に気勢を上げる候補者(手前(右))=亀山市文化会館で

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 「何やっとんや民主、とあちこちでしかられてます。本当にすんません」。民主前職の中川正春は四日市市内であった個人演説会で、こう切り出した。

 文部科学相や防災担当相などを歴任した実績を強調し手掛けてきた政策を丁寧に説く。「ぜひとも続けさせてほしい」。三十分ほどの演説で懇願調の言葉を八回繰り返した。

 小選挙区制が導入された一九九六年に新進党から初出馬して以降、五戦全勝。民主から出た過去四回は自民候補に比例復活すら許さなかった。元知事、北川正恭から引き継いだ地盤は保守層にも食い込み、圧倒してきた。

 だが政権交代への期待が失望に変わり、猛烈な逆風に揺らぐ。選対幹部は「中川さんはともかく比例で民主には入れない、と言われてしまう」とこぼした。「対立候補ではなく、見えない空気と闘っているようだ」

 自民新人の島田佳和陣営の市議は言い切る。

 「中川は横綱で、こっちは序ノ口。だが風が吹く今回こそ、2区から自民の議員を出す最後のチャンス」

 選挙終盤の十三日。亀山市内を街宣する車に、家の窓から「頑張って」と声が掛かった。川崎市出身の島田が県連の公募で出馬が正式に決まったのは、今年二月だった。名前を浸透させきれないまま、選挙戦に突入した。「それが日に日に変わってきた」と陣営幹部は追い上げに感触を示す。

 「失われた十六年間、鈴鹿は何も変わってこなかった。地元のために働かせてほしい」。鈴鹿市の個人演説会で、島田はいつになく口調を強めた。選挙区内の道路や堤防などインフラの拡充を強調し、中川支持層の切り崩しを図るのに懸命だ。

 昼すぎの鈴鹿市。「駐車場を使わせてもらえませんか」。維新新人の珍道直人は、街宣の最中に手を振ってくれた飲食店主に駆け寄り、演説を始めた。「民主王国の2区で既存政党を退けてこそ新たな政治が始まる」

 党本部に公認を告げられたのは、衆院解散後の十一月十八日。津市出身だが、支援組織は全くない。選挙事務所は家族や親戚、維新の政治塾で一緒だった塾生らが手弁当で切り盛りする。

 施設を使った個人演説会は開かず、運動は街宣に絞った。が、知名度は島田以上に低い。「どうしたら維新の候補が出ていると知ってもらえるか。走りながら考えるしかない」。支援者が作ってくれたテーマソングを選挙カーで流し、自転車部隊を組織して若さと元気さをアピールする。

 共産新人の中野武史は参院選を含めて六度目の国政挑戦。北勢地区で党勢拡大を図る責任者として選挙区内をくまなく回ってきた活動をいかし、「消費税に頼らない道を主張しているのは共産だけ」と支持を訴える。

 =敬称略(鈴木智重、池田知之、久野賢太郎)