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三重ニュース

候補者の横顔 <1区>

◆松田直久さん 維新 「現場」の感覚を大切に

 昨年の知事選で敗れた。県議、津市長という自分の選挙だけではなく応援した人の選挙も負けた記憶はない。その“連勝街道”が途絶えた。初めて味わうどん底にも「肩の力が抜けた。自然体になった」と語る。

 敗戦からの一年八カ月は自分と向き合う時間でもあった。選挙は人間の縮図。知らないうちに周りから消えていった人もいる。「格好つけていたし、祭り上げられていた部分もあった」。そして達観した。「自分はなんぼのもんでもない」

 人生の転機は二十八歳。津市に構えた中華料理店でなべを振っていた時だ。後に知事などを務めた北川正恭さんが訪れ「選挙を手伝ってくれ」と頼まれた。畑違いの北川さんの秘書に転身。その後、政治の道で一気に駆け上がってきた。その途上で味わった挫折。だが、周囲の言葉に奮起し、再び出馬を決意した。「まっちゃんには政治家が一番合っている」と。

 一番大切にしているのは「現場」感覚。合併後のかじ取りを任された市長時代の経験から「現場を知らずにやると、机上の議論になってしまう」と力説する。そして矛先には今の国政へ。「政治家は誰ひとり責任を取らん。内閣が替わったらまた新しい日本を語るなんて許せやん」

 <記者の印象> 「私の不徳」。敗戦の日、支援者に深々と頭を下げた。根っからの政治家だけにこの二年弱はつらかったろう。「失敗しても一から始めたらいい」。こう記者に漏らしたことがある。だからまた前を向いた。強い人である。

 (渡辺泰之)

◆川崎二郎さん 自前 右傾化目立つ政情憂う

 七年間勤めた松下電器を退社し、議員に転身して三十年がたつ。長年議席を競ったライバル議員の引退もあり、今回を「総括の選挙」と位置付ける。街頭演説では中部空港アクセス港や中勢バイパスの整備など、地元での実績を強調する。

 祖父、父から政治家の血脈を受け継いだ。目指すは当選十回目。国政において大ベテランの境地に立ち、自身の使命を「政治のバランスを保つこと」と認める。以前は六十五歳を「一区切り」と考えていたが、右傾化が目立つ政情を憂い、盟友の谷垣禎一前総裁と二人、党内で存在感を維持する道を選んだ。

 野党暮らしの三年三カ月は苦汁の日々で、帰郷しても精神的に和むことはできなかったという。趣味を問われて「今は選挙運動」と大まじめな表情。広い選挙区内を精力的に駆け巡る。

 昨年夏に待望の初孫が誕生したが「抱こうとすると嫌がられる」と苦悩の表情も。初当選後に生まれた長男にほとんど世話を焼けなかったこともあり「落ち着いたら、孫を連れて温泉にでも漬かりたい」

 好きなテニスとゴルフもしばらくお預けだ。「健康法は選挙運動かな」と笑い、一八二センチの大柄な体に気力体力をみなぎらせる。

 <記者の印象> 衆院解散の日の夜。自民党本部で公認証書を受け取る表情に静かな闘志を見た。公示後、毎夜開く演説会は必ず「三年三カ月前の惨敗」で語り始める。党も自分も苦杯をなめた経験を無にしないという決意を感じさせる。

 (安藤孝憲)

◆橋本千晶さん 民新 女性の活躍の場を訴え

 民主党県連が擁立した初めての女性候補。夫と小学五年生の長男の三人暮らしで、働く女性の一人として男女共同参画に関心を寄せる。「仕事をしたいという女性は多いが、活躍できる場は限られている。家庭を持つ女性がもっと社会で活躍できる場を」と訴える。

 中学生のころからアナウンサーにあこがれ、四日市市のFM局パーソナリティーやリポーターとして情報番組を担当。独立して個人の司会業でもマイクを握った。「人の話を聞いて情報発信をする」という仕事に、政治との共通点を感じている。自己分析した長所は「聞き上手」。「選挙でも地域にどういう要望があるのかをよく聞きたい」

 二〇〇九年から金森正前衆院議員の地元事務所で秘書を務めた。民主前職の中井洽さん(70)の引退後、急きょ党から出馬を打診され、立候補が正式に決まったのは先月二十六日。「他候補のような政治経験はないが、そんな私だからこそ国民に近い視線で政治に向き合うことできる」と自負している。

 趣味はマラソンとモータースポーツ観戦。「鈴鹿8耐」でレースクイーンを務めた経験もある。「過酷なレースに挑戦する選手の姿が好き」

 <記者の印象> 急に立候補が決まったため、県議らに付き添われて連日街頭に立つ姿はまさしく“新人”だ。付け焼き刃の政策は口にせず、政治の素人であることをさらけ出し、自分の言葉で語ろうとする姿に一生懸命さを感じる。

 (南拡大朗)

◆岡野恵美さん 共新 寄り添う気持ちが原点

 十度目の選挙戦を長女の愛さん(35)は「お母さん、これが最後やに」と応援してくれた。スキー事故で下半身不随になった娘の身を誰よりも案じている。

 県内の障害者雇用率が全国的に見ても低いことを気にかけ「誰もが公平に働き、生活できる社会にしたい」。党の政策を語るとき以上に、その言葉には自然と力がこもる。

 障害や病気、天災で苦しむ人に寄り添う気持ちが政治に向かう原点だ。一九七四年七月、伊勢市の豪雨災害の救援活動で共産党と出合った。当時、病院で看護師として働いており「社会進歩への貢献を使命としている」党の姿が、自分が願う生き方と重なった。

 四期十六年務めた津市議時代は、産廃処理場の建設反対運動などに参加。実績を訴えて市長選、知事選にも出馬したが、あえなく落選。それでも「苦労を苦労と思わない性格」で、いつも前を向き続ける。

 趣味は「聞かれると困る」が、家でコーヒーを飲みながら、ラジオを聞く時間がほっとできるひととき。九歳になる孫の男の子と、十年近く飼う雑種犬に癒やされる日々だ。

 信条はシンプルに「一生懸命」。「選挙中はあちこち回って、たくさんの声に耳を傾けたい」

 <記者の印象> 髪形のセットは解散が濃厚になってから美容師として働く愛さんに頼んだという。長年親しむショートヘア。明るい服装に、弾むような声も活動的な印象だ。還暦をはにかむ様子さえ、どこか生き生きしていて楽しそう。

 (安藤孝憲)

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