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三重ニュース

<1区 激戦の構図>(上) 民主の異変

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 三年三カ月前、民主党は熱気の中で政権交代を果たした。一転、今回は強い逆風下で総選挙に突入する。むろん、ここ「民主王国」も例外ではない。県民はどう審判を下すのか。野党に転落した自民や第三極への評価は。民主の擁立の行方が注目された1区を舞台に「激戦の構図」を描く。

 電撃解散から二日後の今月十八日夜、津市内の高層ビルの一室。民主系県議や労組幹部らが前津市長の松田直久(58)を囲むように座った。コの字形に並んだソファに座りきれない何人かはパイプ椅子に腰掛け、知事選で担いだ松田に“古巣”からの出馬を迫った。

 1区の民主は十一期務めた重鎮、中井洽(70)が引退を表明。党県連は十七日に代表の金森正(75)、県議の三谷哲央(65)らが松田に面会し、出馬を正式に打診した。松田は固辞する姿勢を崩さず、この会談が最後の説得の場だった。

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 大阪維新の会の討論会に出るなど維新からの出馬も取り沙汰された松田。それでも民主は擁立に絶対の自信を見せていた。

 解散当日。新聞各紙は「松田氏出馬へ」と報じた。しかし出馬政党をめぐって割れ、複数の新聞は「民主が擁立」との見立てを示した。

 「日本維新の会で最終調整」と打った本紙の記事を、関係者が否定した。「誤報だ。擁立作業は終わった。既に選挙をどうつくるかの段階に入っている」。正式要請していない段階だったが、内部では中井の「了解」を取り付けるなど環境が整ったことを示唆した。ある国会議員も不満をぶつけた。「朝から大混乱だ」

 民主の選挙は県連、支持団体「連合三重」、県議会が強力につながり、組織票を積み上げる「三重県方式」と称される。二〇〇九年の衆院選では全区に議員を送り出した。いわば「民主王国」の原動力。それが自信の訳だった。

 しかし、昨年の知事選で松田が敗れた。「国会議員が手を抜いた」「労組に温度差がある」…。責任論が噴出した。強固なトロイカ体制にわずかなほころびが見えた選挙だった。

 にもかかわらず今回も「王国」の力を信じた。「みこしを作れば必ず乗る」−。そんな思惑が透けて見えた。

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 時計の針は午後十時を回っていた。

 決断を迫る県議に、松田が口を開いた。関係者によると、松田は知事選落選後の国会議員らの対応に不満をぶつけ、出馬を固辞した。候補者選びは白紙に戻った。

 「私にも積もり積もったものがある。それでみこしに乗ってくれと言ったって、やはり無理だった」。翌日、取材にこう語った松田。二日後に維新の公認候補として会見に臨んだ。

 民主は二十六日、議員秘書や報道関係者らに出馬を打診した末、ようやく金森の秘書の橋本千晶(44)を擁立。組織の致命傷となりかねない不戦敗は免れた。

 「立ち遅れた。まともなことはできない」と金森も急造候補と認めざるを得なかった。

 「松田が良かった」。ある労組幹部は本音を漏らし、言葉を継いだ。「…でも、決められなかったら民主は崩壊していた」。土俵際まで追い詰められた民主の姿があった。 (敬称略)