文字サイズ

愛知ニュース

候補者に密着<15区>(下)

 衆院選の愛知15区から立候補した六人は投開票日が迫り、ラストスパートに入った。十五日の街頭演説や個人演説会は「最後のお願い」になる。十四日付紙面で紹介した三人に続き、無所属元職、民主前職、維新新人の三人に密着した。

 (届け出順)

◆杉田元司さん(61)無元 無所属アピールし演説

 「助けてください。無所属は厳しいです」。生まれ故郷の田原市で開かれた個人演説会で、後援会幹部が声を張り上げた。本人も「渥美郡の相撲大会で優勝したのが誇り」と思い出話を交えながら、「出馬は勇気が必要だったが、政治に異議を唱える者がいなければいけない。豊橋市長選が終わって一カ月もたっていない時期での考えを許してください」と理解を求めた。

 選挙活動は企業や団体を回らず、ひたすら街頭演説を続ける。人通りや交通量の多い交差点を中心に一日二十カ所程度。寒さに体を震わせながらも、通り掛かる車や歩行者に名前と顔をアピールしている。

 十二日の午前七時すぎからは、通勤や通学に急ぐ人々が行き交う豊橋駅前に立ち、あいさつをした。声を掛けられると「ありがとうございます」と言い、相手の目をじっと見て固く握手した。

 選挙カーには、支援者が手作りしたピンク色のメッセージシールが貼られている。「頑張って」「必勝」の文字を背に、日が沈んだ午後六時すぎ、県道脇に立って演説を始めた。「政党のよろいなしに、無所属で皆さんの前に立ちました。一歩一歩の努力で、この地域の再生を図りたい」と力を込めた。

◆森本和義さん(46)民前 自転車で走り支持訴え

 十二日に田原市のホールであった決起大会。「政治の世界に入ってから十八年の総決算が今回の選挙。すべて出さないと生き残っていけない」。赤と白色のラグビージャージー姿で、声をからして頭を下げた。

 二〇〇五年、民主の落下傘候補として15区に来て落選。〇九年は風を受けて初当選した。逆風の今回は実力が問われる。国会議員となっても可能な限り続けていた早朝からの街頭活動を、選挙戦でも愚直に繰り返す。

 「森本和義です。よろしくお願いします」。豊橋駅前で通勤、通学者にチラシを配りながら支持を訴える。だが市民の反応は芳しくない。一緒に活動する民主系市議も「前回は『頑張れよ』と声が掛かったが、今回はさっぱり」とつぶやく。

 それでも昼間は一日に十数カ所で街頭演説。議員定数の削減、国道23号や豊川用水改修など必要な公共事業の推進、自動車関係の減税、農業政策の充実の四点を訴える。

 移動はもっぱら自転車だ。「車だとすぐ通り過ぎてしまうから」とこれも〇五年から。車列に手を振り、赤信号では自転車から降りて市民と語らう。「お父さん、お母さんによろしくね」。行き合った女子高生にも人懐っこい笑顔を振りまく。

◆近藤剛さん(47)維新 通行人に「GO」を連呼

 公示後唯一の日曜の昼すぎ、趣味のトライアスロン用自転車で豊橋駅前に登場した。党のイメージカラーの緑色ジャンパーを着込み、背中に手書きで「GO(ゴー)」。「維新で世直し近藤剛(ごう)。維新でGO、選挙にGO」。耳に残るフレーズで通行人に訴え掛けた。

 民主党から出馬した二〇〇〇年の衆院選で落選。政治改革を実現できる政党からの出馬を模索してきた。だが維新から公認されたのは公示間近の十一月下旬。新しい党の新人ならば街頭活動に重点を置くのが鉄則だが、支援者へのあいさつもままならず、出遅れた選挙戦の前半は企業回りに時間を割いた。

 組織のない戦い。支えるのは弁護士などの仕事で築いた人脈や、趣味の手筒花火、バイクなどを通じて得た友人たち。街頭では「自民は業界団体、民主は労働組合の言いなりの政治しかできない」と既成政党を批判し、官僚支配の打破、消費税の地方税化など維新の政策浸透を図る。

 豊橋市南部の神社であった個人演説会には百人以上が集まった。高齢者だけでなく若者の姿も。「地盤があるわけでもないのに大勢来てくれた。徐々に維新の考えが広がっているということ」。手応えを感じつつある。