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愛知ニュース

候補者の横顔 <8区>

届け出順。各文末の数字は(1)最も感動した映画(2)愛読書(3)尊敬する人(4)至福の時間や場所

◆伴野豊さん(民前) 改革後ろに戻せない

 政治を志したきっかけは、二十代後半のJR東海社員時代に携わった「リニア中央新幹線計画」。当時の開業目標だった二〇〇三年の日本社会の将来予測には、国家財政や人口構造などに悲観的な数字が並び、良い数字は一つもなかった。

 国鉄の分割民営化と「五五年体制」の崩壊でも政治の力とうねりを感じていた。「日本の将来のために働きたい」。周囲の反対を押し切って衆院選に出馬したが無念の落選。「今考えると無謀だった」と笑う。

 浪人生活を経て、次の衆院選から四回連続で当選し、〇九年以降は外務副大臣、国土交通副大臣などを務めた。実績として、新児童手当や通学路の安全対策など「次世代への投資」を強調する。「改革の時計の針は後ろに戻せない」。妻と長女。名古屋市港区出身。五十一歳。

 (1)「あなたへ」(2)司馬遼太郎の歴史小説、村上春樹などの著作(3)両親(4)家族と過ごす時間

◆伊藤忠彦さん(自元) 努力報われる社会を

 日間賀島や篠島で漁師と一緒に船に乗り、海に出た。その日その日の漁獲が頼りの不安定な生活を感じた。台風や気温、降雨量と自然の影響を大きく受ける農家にも数多く出会った。「浪人中」の三年余、まさに靴底を減らして人々の生活の場や仕事場を歩き、声を聞いた。

 頑張る人たちを見たからこそ実感する。「一生懸命仕事をする人、頑張る人が報われる社会をつくらなければいけない」

 政治家を志したのは十五歳のとき。高校進学を機に政治の世界に憧れた。「政権与党が長く、自民党にはおごりがあった」と前回の反省を肝に銘じ、「霞が関を使い、地域や国民に喜んでもらう政治をしたい」と誓う。

 昨年六月に結婚した。「稼ぎもない私をしっかりと支えてくれる」と妻に感謝しきり。四十八歳。

 (1)「007 スカイフォール」(2)「職業としての政治」(3)白洲次郎(4)美術館で鑑賞している時

◆長友忠弘さん(共新) 内需拡大を最優先に

 高校を卒業して間もなく、横浜で起きた米軍機墜落事故。幼い兄弟と母親の命を奪ったこの事故に政治への怒りが湧いた。「少女暴行事件など沖縄では同じ状況が続いている」と憤る。

 故郷は宮崎県だが、知多半島での活動は十年以上。党知多地区委員会勤務を経て、大学生の要求を実現する運動にも取り組んだ。特急電車の一般車連結や駅のエレベーター設置を働き掛け「声を上げれば変わる」と実感した。

 出馬が決まった二月から、知多半島各地でつじ立ちをしてきた。多く聞こえてくる声は「仕事がない」。人々の懐を温め、内需拡大を図ることが最優先と考える。「消費税を上げるなんて、現場を分かっていない」。政治への目は厳しいが、楽観的で「何とかなる」が信条と笑う。妻と中三の長男の三人暮らし。五十三歳。

 (1)「サウンド・オブ・ミュージック」(2)「露の玉垣」(3)瀬長亀次郎(4)絵手紙の制作や小物を作っている時

◆増田成美さん(未新)育児と仕事女性応援

 政治に興味を持ったのは四月。知り合いの勧めで参加した河村たかし政治塾だ。日本を変えようと活動する人々に出会い、刺激を受けた。

 大学卒業後、家業の建設会社で働いた。「もっと大きな会社にしたい。自分で何かを成し遂げたい」と意を決し、十年前に独立、建設会社を起こした。

 従業員は数人。社長だが、営業や経理も担当する。中小企業を経営してみて「若者が夢を持てない、頑張っても報われない世の中だ」と痛切に感じた。

 「私も政治の場で一緒に頑張りたい」。十月の候補者の公募に手を挙げた。

 会社経営と子育ての両立に奮闘してきた。自分の場合は夫(39)の支えで乗り切ったが、両立に苦労する女性を多く見てきた。「女性が育児も仕事も全うできる社会にしたい」。夫と長男(8つ)と暮らす。三十九歳。

 (1)「レインマン」(2)「復興増税の罠(わな)」(3)父(4)半身浴