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愛知ニュース

私の恩師 <8区>長友忠弘さん

高校時代も長髪を通したという長友さん(当時)

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 親類が営む鉄工所で父が働いていたこともあり、高校は地元の宮崎工業に進みました。中学一年の時に父をがんで亡くし、社会の矛盾というか理不尽さを感じながらの少年時代でした。

 そんなころに刺激を受けたのが、設計を専門にしていた伊黒洋昭(いぐろひろあき)先生。高校二年生の秋だったかな。体育祭が近づいたころ、「今日は外でやるぞ」と、学校裏にある天神山に連れていかれ、校内でするはずの騎馬戦の練習をした覚えがあります。

 先生はアコーディオンを持っていて、そこで教わったのが「大きなうた」でした。「おまえたちは労働者になるんだ。労働歌の一つや二つ、覚えておかなきゃいかん」と。みんなで声をそろえると、不思議な連帯感がありましたね。もちろん、今でも歌えますよ。

 厳しいわけでもないし、言葉を多く掛けてくれるわけでもない。当時は五十代くらいだったと思いますが、ベテランらしく生徒を信頼してくれていて、長髪でも何も言われなかった。

 振り返ると、仲間を信頼して、励まし合いながら連帯することを教わったように思えます。卒業以来、お会いしていませんが、先生の姿はずっと心の支えになっていますよ。