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愛知ニュース

候補者の横顔 <2区>

届け出順。各文末の数字は(1)最も感動した映画(2)愛読書(3)尊敬する人(4)至福の時間や場所

◆黒田二郎さん(共新) 弱者の声を直接聞く

 貧しかった少年時代が政治を志した原点と語る。「たくさんの人にチャンスは与えられるべきだ」が信条。二期務めた名古屋市議時代は、ホームレスの自立支援など福祉問題に取り組んだ。

 中学卒業後、定時制高校に受かっていたが、父親の事業失敗もあり進学を断念した。名古屋市水道局に就職し、二十歳のころ党に勧誘された。「庶民の暮らしに入り込んでいる」と共感した。

 先輩議員の後継として一九九九年、名古屋市議に初当選した。ホームレス支援のため、白川公園に足を運んだ。「職員も遠巻きに見ていた」なか、炊き出しの手伝いをした。

 「野宿者の中には結核感染者や知的障害者がいた。直接話を聞くことで、本当の姿が見える」。以降、現場主義を心掛けている。国政は初挑戦。妻と長男の三人暮らし。六十四歳。

 (1)「男はつらいよ」(2)時々に話題になる新書(3)なし(4)絵画鑑賞、カラオケ

◆古川元久さん(民前) 改革の種、実に育てる

 「政権交代後の三年間を後悔していないが、満足もしていない」。国家戦略担当相や内閣官房副長官などを歴任し、政権中枢の一員を担ってきた日々を振り返る。

 大蔵省職員だった一九九三年の米国留学が転機だった。クリントン政権が誕生し、変化の風を感じた。「このままでは日本は悪くなるばかり。自分たちの世代で何とかしなくては」。大蔵省を辞し、政治の道に進んだ。

 党への逆風は強いが「古い仕組みは壊し切れていない。大きな改革は数年ではできない」と主張する。「新しい日本をつくるため、エネルギー政策や新成長戦略などの種まきをしてきた。実になるまでしっかり育てたい」と訴える。

 三年間は公務に追われ「受験や育児の大変な時に帰ってこられなかった」と頭をかく。妻と長男、長女と暮らす。四十七歳。

 (1)「インビクタス/負けざる者たち」(2)「南洲翁遺訓」(3)西郷隆盛、吉田茂(4)娘と遊ぶこと

◆真野哲さん(未新) 悪質な運転をゼロに

 昨年十月、無免許と飲酒運転のひき逃げに遭い、長男=当時(19)=を亡くした。死と向き合う時間もなく、死亡診断書の申請や健康保険解約に追い立てられる毎日。「日本の被害者救済は何なのか。危険運転致死傷罪の構成要件もおかしい」。制度への憤りが、政治に目を向けさせた。

 京都府亀岡市の交通事故遺族らと「全国悪質運転ZEROの会」を創設した。しかし、個別の団体が政府に制度改正を要請しても、なかなか目に見える変化が起きない。「外から求めるだけじゃなく国の中から変えたい」。陳情で助言を受けた河村たかし名古屋市長の政治塾に入った。

 出馬の内定は、公示まで一週間を切ってから。「声が掛かれば出馬するつもりだったけど、突然でした。国民目線でイエス、ノーが言える政治家になりたい」。母と妻、二男の五人家族。五十一歳。

 (1)「タイタニック」(2)「人を動かす」(3)河村市長(4)亡くなった長男の写真を見ている時

◆東郷哲也さん(自新) 経済再生、一番に訴え

 名古屋市議として、市民の悲鳴を肌で感じてきた。「いつ会社がつぶれてもおかしくない」。支持者から聞くたびに、声を国政に届けたいとの思いが強まった。「経済の再生を一番に訴える」。市政に全力投球してきた自負がのぞく。

 高校生だった一九八八年、リクルート事件に憤りを感じて政治に興味を持った。名古屋で大学生だった時に衆院議員の下で勉強を積み、卒業後は秘書に。先輩議員の姿をすぐそばで見てきた。

 出馬が決まったのは公示の十日前。「あらゆる面で準備不足だけど、正攻法で街頭に立ち、きちっと政策を訴える」と迷いはない。

 惜敗した二〇〇三年の市議選で陣営を事務員として支えてくれた妻と、二人の息子が力をくれる。「帰宅は遅いけど、仕事は家に持ち込まない。切り替えが大事」。四十一歳。

 (1)「ルムンバの叫び」(2)特になし(3)落合博満(4)家で家族と過ごすゆったりとした時間