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愛知ニュース

私の恩師 <8区>伴野豊さん

友人とテニスを楽しむ学生時代の伴野さん=名古屋市昭和区で

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 街頭のクリスマスソングに候補者名の連呼が重なる12月の衆院選。知多半島でも各候補が一人でも多くの有権者に政策や公約を訴えるため、選挙区内を駆け回る。政治を志し、選挙戦の前線を走る候補。「師走」の「師」にもちなみ、愛知8区(大府市を除く知多半島4市5町)の候補に、今の自分を成した「恩師」を語ってもらった。

 (届け出順。増田候補は本人の意向で掲載を見送りました)

    ◇

 私の恩師は、大学四年〜大学院修士二年に指導を受けた名古屋工業大名誉教授の山本幸司先生です。大学三年で先生の都市計画の講義を受けた時に「時代の先端をいっていて面白い」と思い、先生の研究室に入りました。

 先生は当時、三十代の助教授。「とことん自分で確かめろ」「人に聞いたことをうのみにするな」とよく言われました。真実の追求は現場を大切にするということに通じますから、この教えは今も大切にしています。

 印象深いのは修士論文の研究です。他の学生より早く進めていたら、先生に課題を次々と追加されました。このままでは修了できないという不安感と、誰もいない部屋で研究する孤独感で、心身とも追い込まれました。

 論文受け付けの最後の日に、ようやく「オーケー」が出ました。二人きりの研究室で「よくやった。よくついてきた」とねぎらわれ、思わず涙が出ました。私を鍛えようと、あえて厳しく指導されていたのだと思います。

 この経験があったからこそ、会社や政治の世界で苦難に耐えられたのでしょう。当時は先生を憎む気持ちもありましたが、今は感謝しかありません。解散前にも「大変だろう」と電話で気遣っていただきましたよ。