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静岡ニュース

候補者の横顔紹介 4区

 上から届け出順、<前>は比例代表での選出

杉田 保雄(すぎた・やすお)さん(68) 共新

頼って頼られ感謝

 二十八歳で県議補選に初挑戦し、市長選や衆院選にも挑んだ。静岡5区から4区に移ることになったが、迷わず立候補を決めた。「急な選挙だが政治を変えるチャンス」と意気込む。

 大学生だった五十年前、学生運動の最中で、貧富の差や社会の矛盾を知った。「何とか解決したい」と共産党に入党。家電部品工場で勤務した後、党のスタッフになり、県東部の活動を支えた。

 好きな言葉は「楽天主義」と「たよって、たよられて、ありがとう」。「困った時には人に頼り、頼ってもらい、感謝し合うのが人間として大切なこと」と話す。

 愛犬とのウオーキングが日課。ポン菓子製造器を車に積んで神社や寺のお祭りに出かけ、子どもたちに振る舞うのを楽しみにしている。妻、次男と三人暮らし。

望月 義夫(もちづき・よしお)さん(67) 自前

弱者に光当てたい

 環境相就任から衆院解散までの二カ月半、地元には二回しか戻らず、福島県や熊本県水俣市をはじめ、国内外を飛び回った。「福島の復興の大きな一歩が進んだと思うと、皆さんのおかげでこういう仕事ができて良かった」と振り返る。

 清水駅前の青果店の次男。二十七歳で旧清水市議に初当選し、県議、衆院議員と歩んできた。二〇〇九年には落選を経験したが、毎朝七時には街頭に立ち、仕事に向かう人たちに訴え続けた。「世の中には成功者も、弱者もいる。弱い人に少しでも光を当てたいという初心は変わらない」。議員生活に飛び込んでから間もなく四十年になる。

 事務所に一〇年に亡くした妻真由実さんの写真が飾ってある。「二十代のころから支えて続けてくれた。苦労をかけた妻に報いたい」

田村 謙治(たむら・けんじ)さん(46) 民元

「良い国に」が原点

 大蔵官僚時代に、米国に二年間留学。「二大政党制の米国政治を見て、シンプルで分かりやすい理想の政治だと感じた」と振り返る。二〇〇二年に官僚を辞め、政治の世界に打って出た。

 それだけに二年前の前回選でバッジを失い、二大政党制を目指した民主党政権が崩れたのはショックだったが、へこたれない。「小学生のころ日本を良い国にしたいと思ったのが私の原点。使命感は人一倍強い」

 「まじめな政治」を掲げ、「官僚と政治家の両方の経験こそ、今の民主党に生かせる」と訴え、財政改革やアジア外交拡大の夢を語る。

 清水エスパルスと富士宮やきそばを愛し、それぞれのイメージカラーのオレンジ色をいつも身に着ける。フリーアナウンサーの妻と小学生の娘の三人暮らし。