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三重ニュース

<決戦前夜>(下) 地元の縁を武器に勝負

■3区 自民の交代劇

 衆院解散が迫った十一月十八日夜、県北部のある市議のもとに、東京にいた自民党県連会長の川崎二郎(67)から一本の電話が入った。市議が二十歳のころからのなじみである川崎はおもむろに切り出した。「3区は嶋田で決まった」 

 三重3区は、副総理などを歴任した民主党県連代表の岡田克也(61)の「牙城」。党への逆風が吹き荒れた二〇一二年の前回選でも、十二万六千票余を集めて八選を果たした。自民は公募で擁立した札幌市出身の桜井宏(58)が党への追い風に乗り、比例復活での議席獲得に成功した。

 だが当選から二年。「地元を回っていない」と桜井への風当たりは強くなっていた。十五日の県連の定例役員会では、「党員拡張も低調」などと続投への異論が続出。結論は出ず、候補者選定は川崎と県連幹事長の水谷隆(68)に一任された。

 直後の記者会見での川崎の言葉は、現職国会議員の交代劇を暗示していた。「二年間の積み上げが問われている。私は、小選挙区ごとの支持率のデータを基にものを言いたい」

 元首長をはじめ、複数の名前が関係者の間で取り沙汰された。だが水谷は早々に、父親がいなべ市生まれで、桑名市に法律事務所を構える嶋田幸司(40)に狙いを定めていた。「自分が前回の衆院選で出したかった男、そして参院選でも出したかった男」だった。

 嶋田は前回選で公募に名乗りを上げたが、最終的に家族から賛同を得られず、昨年の参院選も吉川有美(41)の登場で立候補を見送っていた。調整が最終局面を迎えた十八日、嶋田は東京へ飛び、川崎と面談。そこで、川崎は腹を決めた。

 擁立発表から二日後の二十二日、嶋田は水谷の県政報告会でマイクを握った。気概と緊張の表情を浮かべながら「私には岡田さんにないものがある。弁護士として北勢の人たちとじかに触れ合い、中小企業の悩みを聞いてきた」と力を込めた。決断に至った心情を報道陣に「非常に悩んだが、このチャンスを逃すと次はいつになるか分からないと思った」と吐露した。

 岡田は、地元の首長をして「国政での活躍と、こまめに集会を開き、会合に顔を出す昔の自民党の選挙を両輪でこなしている。あんな選挙ができる人はほかにいない」と感嘆せしめる存在だ。嶋田が出遅れを挽回するのは容易ではないが、関係者からは「地元に縁があり、選挙がやりやすい」との声も上がる。

 3区では、前回選に初出馬し、嶋田より若い共産党の新人釜井敏行(32)も、精力的に活動してきた。

 自民は近年、「民主王国」とされた県内政界の勢力図を塗り替えつつある。推薦した鈴木英敬(40)が一一年の知事選で勝ち、一二年の前回衆院選では過去最多の五人が当選。昨夏の参院選でも吉川が民主から議席を奪還した。しかし、民主も解散前に三人の国会議員を擁し、県議会では民主系の「新政みえ」が最大会派を構成する。

 県内勢力図はどう塗り替えられるのか。配色を決める十二日間の政治決戦が、まもなく幕を開ける。

 (文中敬称略)