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三重ニュース

<決戦前夜>(上) 「共闘」構想、すれ違い

 自民が政権に復帰した二〇一二年の前回衆院選から二年。安倍晋三首相による突然の解散を受けての総選挙は十二月二日、公示を迎える。超短期間での候補者選定に揺れた自民と民主、そして維新の党を軸に、「決戦前夜」を描く。

■1区 民主と維新

 衆院が解散した二十一日深夜、津市のJR津駅前に建つ民主党県連事務所。その一室で、県連代表の岡田克也(61)と前参院議員の高橋千秋(58)が対峙(たいじ)していた。高橋は三日前、三重1区からの出馬を表明したばかり。突然の解散風で高まる党内の期待に応えて、決断した。

 その心中を知りつつ、岡田は理不尽とも言える党の決定を告げる。「擁立できなくなった」。予期せぬ言葉に、日ごろ冷静な高橋が怒りをあらわにした。午後十時からの面談は一時間半に及び、高橋は終了後、周囲に漏らした。「はしごを外された」

 民主は「一強」の自民党に対抗するため、野党候補が競合しないよう全国規模で調整を進めていた。だが1区では、高橋が表明する二日前、維新の党から前津市長の松田直久(60)が名乗りを挙げていた。

 松田は二〇一二年の前回選で、日本維新の会(当時)から立候補するも、次点で落選。捲土(けんど)重来を期してきた。民主はそこに高橋をぶつけ、松田に県連の推薦を持ちかけて4区へのくら替えを打診した。

 民主にとって4区は頭痛の種。元衆院議員の森本哲生(65)が、総支部長を務める4区内の混乱で解散直前に辞任。衆院候補の内定も取り消された。その4区に松田が移り、高橋は1区で−。民主県連が描いた野党共闘のシナリオだった。

 だが松田も、市長だった津市を含む1区は譲れない。「三重1区は最重点の一つ」。維新は党本部同士の交渉で畳み掛けた。民主も十一選を目指す自民の川崎二郎(67)を相手に、維新もろとも敗れた前回選の二の舞いを演じるわけにはいかない。党代表代行として交渉に当たった岡田は、高橋を推した県連代表としての決断をあきらめた。

 民主は二十三日、三重1区と4区での擁立断念を表明。“王国”とされる県内で、複数選挙区に候補者を立てずに衆院選を迎える異例の事態となった。

 川崎、松田に共産党の新人橋本マサ子(68)を加えた三つどもえが固まった1区で、「打倒自民」を貫くため、松田を後方支援する手はある。だが民主は党の方針として「選挙協力はしない」。県連は1、4区の地方議員に、小選挙区には関与せず比例票を死守するよう命じた。

 ただ、党の内部には異論もある。「松田を勝たせなければ、候補を一本化した意味がない」。ある県議の主張には、かつて県議会で同じ民主系会派に所属した松田に肩入れする思いも入り交じる。

 一方、松田陣営は「野党結集」を掲げ、連携の道を探る。「2区で、維新候補者が前回に得た票を民主に上積みすることもできる」と語る陣営幹部も。その言葉には、民主との関係を強化したいという強い思いが透ける。

 前回、1区で民主の新人候補が獲得した二万九千票が松田に流れれば、川崎票に肉薄する。さまよう民主票が、戦局を左右する。

 (文中敬称略)