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岐阜ニュース

<「この道」はどこへ>(6) しぼんだ家族の期待

 師走の街は慌ただしい。遠巻きに眺める人影も見えるが、多くは目の前を足早に通り過ぎてゆく。選挙サンデーの七日、JR岐阜駅北口。署名を求め、張り上げた声が人波に吸い込まれる。

 「関心が無いのも仕方ないよ。自分もこんな立場じゃなければ、ひとごとだった」

 養老町の林俊雄さん(68)は「救う会岐阜」の一員として、五年前から月に一度、街頭に立つ。拉致問題の早期解決を政府に求める署名活動。十六年前、長男雅俊さん=当時(23)=が失踪した。警察庁が「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者」として認定した八百八十一人の一人に含まれる。

 二年前、安倍晋三首相の誕生に淡い期待を抱いた。拉致被害者五人を帰国させた二〇〇二年の小泉純一郎首相の訪朝時、官房副長官として同行し、厳しい交渉をリードした姿が焼きついていたからだ。

 そして今年五月二十九日。日朝は拉致被害者らの安否について再調査することで合意した。自宅でニュースを見た林さんは久しぶりに学生時代の雅俊さんのアルバムを引っ張りだし、祈った。「このチャンスが最後になるかもしれない。どうか、北朝鮮が提出する名簿に、息子の名前があってほしい」

 けれども、それからがまずかった。「夏の終わりから秋の初め」。そう北朝鮮が約束した調査結果の報告は先送りとなり、見通しも立たないまま、政治家たちは解散総選挙へとなだれこんでいった。「よりによって何でこの時期に。これでは解決の先延ばしをもくろむ北朝鮮の思うつぼだよ」。政治空白に、全面解決への期待は一気にしぼんでしまった。

 それでも、各党の公約には一通り目を通してみた。「やっぱり」とは思ったが、拉致問題に触れた部分はわずか。どれも似たり寄ったりの内容で、実行性に乏しく映る。「せめて『必ず』解決する、との強い意志だけでも示してほしかった」

 終日、真冬の寒波に覆われた、七日の選挙サンデー。かじかむ指先をこすりながら集めた署名は十五人分だった。

 夕闇が迫り、師走の街を選挙カーが行き交う。与野党共に聞こえてくるのは、安倍首相の経済政策「アベノミクス」の賛否ばかり。拉致問題の「ら」の字も聞かれぬまま、選挙戦は最終盤へ向かう。

 (平井剛)=おわり

◆この2年 北朝鮮が特別調査委、結果公表は先送り

 安倍晋三首相は就任間もない2013年1月の所信表明演説で「すべての拉致被害者のご家族がご自身の手で肉親を抱きしめる日が訪れるまで、私の使命は終わらない」と拉致問題の解決に強い意欲を見せ、北朝鮮に「対話と圧力」の姿勢で臨む方針を明らかにした。

 政府は今年5月、日本人拉致被害者の再調査で北朝鮮側と合意したと発表。北朝鮮側に、拉致被害者と、拉致された疑いのある特定失踪者の全面的な再調査の約束を取り付けた。合意を受け、北朝鮮は特別な権限を持つ特別調査委員会を設けたが、調査結果の第1弾の公表は先送りに。

 政府は10月、外務省の伊原純一アジア大洋州局長を代表とする実務者チームを平壌に派遣し、特別調査委員会と協議したが、新たな安否情報は得られなかった。

 (小笠原寛明)

◆公約から 各党とも簡素な表記、立ち位置異なる共産

 拉致問題について主要政党の公約は簡素な表記が目立つ。比較的、分量を割いた自民は「進展がない限り、更なる規制緩和や支援は一切行わず、制裁強化を含めた断固たる対応をとり、被害者全員の早期帰国を実現」。民主は「拉致問題の解決に全力をあげます」、維新は「国際社会と連携して断固たる措置を実施」の表記にとどまる。

 やや異なる立ち位置を取るのは共産。拉致問題や日本の植民地支配など、日朝間の諸懸案を包括的に解決することを目指した2002年の「日朝平壌宣言」に基づき、「日朝双方が必要な努力をつくす」としている。