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愛知ニュース

<候補者の横顔> 11区・12区

 (1)最も感動した映画(2)愛読書(3)尊敬する人(4)至福の時間や場所

 (上から届け出順)

【11区】

◆何事も明るくプラスに 八木哲也さん(67)自前

 かつて豊田市の自動車部品メーカーに勤めた技術者。自身が住む地域の市議の後継として周囲に推され、思いがけず政治の世界に入った。「本来なら技術者として一生を送るつもりだった」

 市議から転身し衆院議員として過ごしたこの二年間、地元と中央をつなぐ「パイプ役」に徹した。民主系が強く、自民は劣勢が続く地域。約十四年間の市議時代に地元の声が国へ届きにくいと感じてきた経験がその原点にある。

 頭髪の薄い衆院議員ら有志で政策集団「日本を明るくする会」を発足させ、会長として二カ月に一度、閣僚経験者を招いての勉強会を開く。「政界に人脈ができ、政治の勉強になる。何事も明るく、プラスにとらえないと」と笑い飛ばす。

 大学時代から続ける陶芸は趣味の域を超え、個展を開くほど。最近は作陶の時間が取れないのが悩みだ。

 (1)自転車泥棒(2)福沢諭吉「福翁自伝」(3)福沢諭吉(4)自宅のお風呂で首まで湯船に漬かってぼーっとするとき

◆目先にとらわれず改革 古本伸一郎さん(49)民前

 時間に余裕がある朝は、自宅周辺を走るのが習慣。豊田大橋を渡りながら眺める矢作川がお気に入りだ。体形は二十代から変わらないが、ここ数年で白髪が目立ち始めた。

 「たわけの民主」。街頭演説で有権者から冷たい言葉を浴びせられた前衆院選。「世の中を変えてくれる」という国民の期待を受けながら、三年で野党に転落したことの責任の重さを感じ続けた。

 与党時代には財務政務官を経験し、財政問題には明るい。アベノミクスを「借金で株高経済を誘導しており、子どもたちにしわ寄せがくる」と批判。出産や子育て、年金など将来への不安が消費を萎縮させており、その払拭(ふっしょく)にカネと労力を集中させるべきだと説く。

 「目先の景気浮揚ではなく、十年、二十年先に、あの時、改革してよかったと思えることを実行すべきだと言い続けていく」

 (1)千と千尋の神隠し(2)新聞(3)世界で誰もやったことがないことに挑戦した人(4)風呂に入っているとき

◆努力報われる社会目標 牧田充生さん(60)共新

 三歳の時に父親を亡くし、母親が行商をやりながら洋服店を続け、育ててくれた。「家計を助けたい」「自分も繊維業に関わりたい」と、十八歳で名古屋市の衣料品問屋街「長者町」で就職した。

 資本主義では努力して頑張れば自分も豊かになれると思っていた。「でっち奉公のつもり」で清掃などの雑用をこなし、休憩も昼食をとる十分のみで、夜遅くまで働いた。しかし、そこで目の当たりにしたのは、法律など関係ない過酷労働と長時間労働。「働いた分、ちゃんと認められる社会をつくりたい」。政治家を志すきっかけとなった。

 「気は小さいけど、非人間的なことや権力に立ち向かう勇気だけは持っている」と労働組合活動に関わるようになった。小泉政権以降、広がる格差に不安を感じる。拍車を掛ける安倍政権の「暴走を止めたい」と初の衆院選に挑む。

 (1)大いなる西部(2)サスペンス小説(3)旧兵庫県南光町(現・佐用町)の山田兼三元町長(4)スーパー銭湯

【12区】

◆弱者も安心できる町に 牧野次郎さん(56)共新

 「地域の切実な声を国政に届けたい」と出馬を決めた。西尾市議を五期務め、党西三河地区委員会のくらし相談室長として、身近な生活相談に耳を傾けてきた自負がある。

 十九歳の時に共産党に入党。だが、政治を志した原点は、その後の二十〜三十代の経験にある。

 大学を卒業する一年前、父が脳梗塞で倒れ、家業の作業服販売店を継いだ。母を同時期に亡くし、寝たきりの父の介護を十年以上続けるうち、「弱い立場の中小企業者、子どもや母親が安心して暮らせる地域づくりがしたい」。そんな思いが芽生えた。

 妻と長男夫婦、孫の五人暮らし。「やる以上は頑張って」と言ってもらえたが、一番胸にぐっときたのは、嫁ぎ先で離れて暮らす長女(27)からのメールだった。「お父さんの思いを一人でも多くの人に伝えられたら、それでええ」

 (1)沈まぬ太陽(2)司馬遼太郎「竜馬がゆく」(3)母(4)昨年末に生まれたばかりの初孫を抱き、一緒に朝の幼児番組を見るとき

◆赴任先でまちおこしも 重徳和彦さん(43)維前

 岡崎高、東京大で勉学の傍らラグビーに打ち込んだ。「でかい人間をタックルで倒すのは快感。今も同じですよ」と朗らかに笑う。第三極の風に乗り比例復活で初当選した二年前から、週末ごとに地元の祭りや催事をこまめに回り築いた“重徳党”が頼りだ。

 「公の仕事がしたい」と、金融機関の内定を辞退して自治省(現総務省)へ。赴任先の県で市町村合併や財政を手掛ける一方、住民としてまちおこしにも取り組んだ。「役所で日本を変えるには限界がある」と感じ始めたころ、自民党の打診を受け二〇一一年の県知事選に出馬。その後、「真に必要な政策を自由に訴えられる」と維新に移った。

 適量の日本酒で一日の疲れを癒やす。中学一年、小学六年、同二年の息子と妻の五人家族。多忙で子どもとふれあう時間が激減したことが「胸が張り裂けそうにつらい」。笑顔を一瞬、曇らせた。

 (1)ひまわりと子犬の7日間(2)村上春樹「ノルウェイの森」(3)上杉鷹山(4)子どもと一緒にトランプや将棋をするとき

◆子育て支援や教育に熱 青山周平さん(37)自前

 法政大で社会学を専攻。ゼミの仲間たちと原発などの社会問題を議論するうち「理想を語り合うだけでは、何も変わらない」との思いを抱えていた。「当時はデフレが始まった就職氷河期。将来に明るい展望を描けなかった」と振り返る。

 転機は、卒業後地元に帰り受講した元法相の杉浦正健氏(80)による政治塾。「法律をつくり、予算を組み、国を動かす。実行するのは政治だ」と志を立てた。

 実家が経営する幼稚園では園長を務め、子育てする同世代の悩みに触れた。自身も三男一女の父。支援策や教育改革に熱意を抱く。

 末っ子の三男(1つ)が生まれたのは、前回初当選した後。幼子の成長は何よりの癒やしだが、接する機会が少ないのが心残り。「最近言葉を話すようになって、『父さん』より先に覚えたのが『アンパンマン』だったんです」

 (1)12人の優しい日本人(2)山岡荘八「徳川家康」(3)徳川家康(4)自宅の居間で妻や子ども4人と一家だんらんで会話をするとき