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滋賀

主な立候補者の横顔

 参院選滋賀選挙区(改選数一)では、届け出順に自民新人二之湯武史さん(36)=公明推薦、共産新人坪田五久男さん(54)、民主現職徳永久志さん(50)=社民県連推薦、諸派新人荒川雅司さん(38)の四人が二十一日の投開票日に向け、県内を駆け回っている。有権者にとっては、街頭演説で伝わり切らない人柄や経歴も、投票先を決める大切な判断材料となる。政党候補者の横顔を紹介する。(上から届け出順、参院選取材班)

◆二之湯 武史さん(36)自新

 名古屋で学習塾経営の教育事業を八年続けてきた。学力低下、誤った歴史認識、やる気や忍耐力の欠如…。子どもたちと接する中で危機感が募った。「教育の原点を見直さないといけない」

 父は京都選挙区の現職参院議員。京大卒業後、松下政経塾の門をたたいた。多くの政治家を輩出しているが、自身が選挙に出るイメージはまだなかった。二〇〇七年に結婚した時にも、妻に政治家にはならないと宣言した。

 教育事業は軌道に乗った。社員も増えた。だが、満足は得られなかった。「事業を拡大させることよりも、教育のあり方に目が向いた」。思いは日増しに強まり、昨年の夏ごろ、覚悟を決めた。

 自民県連の公募に応募し、二月に公認決定以来、休みなく県内各地を駆けた。「その間、妻や子どもに会えなかったことが泣けるくらい」と家族への思いは深い。これまで最も感動した出来事にも、長男(5つ)、長女(1つ)の誕生を挙げる。

 「負担も、厳しいことも、国民に正面から求めることができる政治家」が理想。神社仏閣や温泉巡りが趣味。修験道にも詳しい。京都市出身だが、子どものころから琵琶湖や滋賀の自然に親しみ「第二のふるさと」と言う。

(梅田歳晴)

◆坪田 五久男さん(54)共新

 五回目の国政選挙挑戦。「皆さんの願いを受け止めて、その願いが通る政治に転換する。県民の声を届けたい」との思いはずっと変わらない。昨年四月に出馬表明して以降、県内をくまなく歩いて有権者の声に耳を傾け続けている。中小企業主や農家、福島県からの避難者らには「頑張って今の政治を何とかしてほしい」と声を掛けられたという。

 近江八幡市内の中学校で教師をしていた時、党から専従活動家になってほしいと打診があった。慕ってくれる子どもたちのいる職場には愛着があったが、いじめや校内暴力などの対応に当たる中、政治の場から教育環境を良くしていくことの必要性も感じていた。「子どもの成長をきちんと保障する政治の役割も大事」と転身する決意を固めた。

 当時の教え子とは今でも連絡を取り合い、選挙応援を頼む間柄。今回の選挙ではホームページで公開する動画も作ってもらった。理事を務める農事組合法人の仲間も選挙活動のために出番を代わってくれ「助けてもらっている」と頭を下げる。

 「一人はみんなのために、みんなは一人のために」が教員時代からの座右の銘。「みんなが明日への希望を持てる政治にしたい」

(山内晴信)

◆徳永 久志さん(50)民現

 大学時代に政治家を志した。もともとはマスコミ志望だったが、ロッキード事件で有罪判決を受けた田中角栄元首相が総選挙に出馬した際、同じ選挙区に挑んだ野坂昭如氏の行動が鮮烈だった。「ペンの力よりも、自分がおかしいと思う世界に飛び込び、一緒に闘わないといけない」。これが原点となった。

 県議二期を経て、六年前の参院選で初当選した。任期中に経験した二度の政権交代を「めまぐるしく攻守所を変えたが、与野党ともに非常に良い経験をした」と振り返る。野党での仕事にも「与党になったときに経験が生かせるようにと、問題意識を持って調査研究を進められた」とやりがいを感じた。

 菅内閣では外務大臣政務官に就任。十五カ国を訪問し、移動距離は地球四周半分に及んだ。「今も脳裏に焼きついている」と話すのは、二十八人の日本人が犠牲になった二〇一一年二月のニュージーランド地震。発生直後に被災地に赴き、現地対策本部長として邦人の安否確認や家族対応の指揮を執った。

 激務の中での息抜きは、好きなプロレスのビデオを見る時間。娘二人の勉強を見ることもあり「成長を確認するのが面白い」と、少し表情を緩ませた。

(倉形友理)