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岐阜

<一人区の戦い>9条改憲(下) 反対派

戦時中に防空壕があった自宅の庭で、9条改憲を危惧する足立勘二さん=各務原市前渡西町で

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 麦の穂が、風圧で一斉に横倒しになった。ヒュン、ヒュン。思わず麦畑に身を投げると、頭上で機銃掃射の風切り音。同時に米軍機がごう音とともに低空を飛び去った。一緒に収穫作業をしていた母が無事なのか、思いやる暇はなかった。

 一九四五年六月上旬。各務原市前渡西町、無職足立勘二さん(78)は当時小学生。空から突然襲ってくる恐怖の一瞬を、今も忘れたことはない。

 幸い、母も自分もけがはなかった。弾が標的を外したのは、うまく逃げたからなのか、ただ運が良かっただけなのか。抜け殻のようになって、自宅に逃げ帰った。

 近くには、旧日本陸軍の各務原飛行場(現航空自衛隊岐阜基地)があった。一帯には関連の軍需工場が並び、戦争末期は米軍機がたびたび来襲。日々の食べ物を得ようと畑作業していた母子も、同様に狙われた。軍とは無関係なのに。

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 この日以降、爆弾や焼夷(しょうい)弾による攻撃が激化。空襲警報が鳴るたび、家族八人で庭の防空壕(ごう)へ逃げこんだ。

 広さ一畳ほどの真っ暗な壕内に、投下された爆弾が空気を引き裂く「ザー」という音が響く。ごう音と震動。パラパラと土が頭に落ちた。震える体同士で身を寄せ合い、ただ時間が過ぎ去るのを待った。

 「恐怖とひもじさばかり。日本を取り巻く情勢なんか分からなかった」

 学校では授業もほとんどなかった。ただ毎日、校庭でサツマイモを育てるだけ。七十年近くたった今、同じ年ごろの孫は不自由なく勉強して遊ぶ。ずっと戦争をしなかったからこそ、発展と豊かさが手に入ったと思う。

 近ごろ、国際関係で緊張の高まりを感じる。中国、韓国とは領土問題で関係が冷え込み、北朝鮮はミサイルによる威嚇を繰り返す。そんな状況から、自民が改憲草案に「自衛権の発動」に関する文言を入れたことはまだ理解できる。しかし「国防軍は別だ」。

 国の形を示す憲法に「軍隊」を明記すれば、周辺国との緊張はさらに高まるだろう。「歯止めが利かなくなるのが怖い」。徴兵制の復活もありうるのではと心配する。

 現行憲法は「戦力不保持」を掲げる。その一方で自衛隊を持つなど、矛盾点は確かに感じる。でも、信じている。「平和が続いたのは、今の憲法のおかげ。子どもたちに、私の世代と同じ思いをさせたくない」

 <各務原空襲>太平洋戦争末期の1945年4〜8月、旧陸軍各務原飛行場と周辺の那加、蘇原、鵜沼町(いずれも現各務原市)などに、米軍機が十数回来襲。各務原ユネスコ協会によると、民間人と軍人を合わせて230人以上が犠牲になり、民家は900戸以上が破壊された。

 最も被害が大きかったのは、6月22日朝の空襲。陸軍の主力戦闘機「飛燕(ひえん)」を製造していた川崎航空機(現川崎重工業)の工場などが壊滅し、学徒動員の中学生ら169人が亡くなった。

(参院選取材班)