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国の将来は…つのる歯がゆさ 静岡の92歳元海軍兵

◆原発再稼働と改憲、語られない争点

元海軍兵で脱原発の住民運動にも携わる長野栄一さんは、参院選の争点からかすむ原発再稼働と改憲に歯がゆさを感じている=静岡県御前崎市で

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 参院選の主要争点とされる原発再稼働と改憲。しかし、自民党は安倍晋三首相の経済対策「アベノミクス」の実績を前面に打ち出し、他党も含めて選挙戦で論議は深まっていない。元海軍兵で、脱原発の住民運動にも携わる静岡県牧之原市の長野栄一さん(92)は、語られない争点に歯がゆさを感じている。

 長野さんは二十歳の時に徴兵され、海軍に入った。戦艦「長門」や終戦直前に造られた空母「天城」の乗組員を務め、二十四歳で終戦を迎えた。

 戦後、自分が一時勤務していた長崎に投下された原爆で七万人以上の命が奪われた惨状を、報道などで詳細に知った。かつての乗艦「長門」は米国の核実験で標的に使われビキニ環礁に沈んだ。「人類は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった」。核兵器への怒りを強くした。

 静岡県牧之原市の自宅から約九キロ離れた海岸で、中部電力浜岡原発(同県御前崎市)が稼働したのは一九七六年。「原子力の平和利用」と宣伝する国と中電に対し、「核兵器と同じ原理を持つ原発は、根っこでは戦争とつながっている」と不安を感じた。

 新聞記事を切り抜き、専門家を招き勉強会を開いた。ただ、農業や漁業以外に目立った産業がない地元で、原発による経済効果への期待が街を覆い、表立って反対を主張できる雰囲気はなかった。

 長野さんは少しずつ賛同者を集め、九七年に市民団体「浜岡原発を考える静岡ネットワーク」を設立。二〇〇二年には浜岡原発の差し止め訴訟に発展した。一審は敗訴、高裁で係争中と裁判が長引く間、一一年三月、福島第一原発事故が起きた。

 当時の民主党政権は浜岡原発の停止を要請。皮肉にも、長野さんが恐れていた原発事故が、原発を止める結果になった。事故後、周囲から初めて「あんたの言うことは正しかった」と声をかけられ、原発に無関心だった市民の空気が一変したと感じている。

 ただ、政権に返り咲いた自民党は、参院選の公約に原発の再稼働を掲げた。「世論調査では半数以上が再稼働に反対している。国民の声に耳を傾けるべきだ」。原発問題は大きな争点になると期待したが、アベノミクスの是非に埋もれてかすんでいる。

 選挙戦では改憲も争点からぼやけ気味だ。改憲の発議要件を緩和する九六条と、戦力不保持を定めた九条の是非について、各党間で活発に議論が交わされているとは言い難い。戦火を生き延びた世代が消えていく中、長野さんは「戦争だけは繰り返してはならない」と訴える。だからこそ、現状を歯がゆく感じる。

 投票日が近づく中、多くの市民が危険に目を向けないまま立地が進んだ原発を思い出し、長野さんは曲がった背中でつぶやいた。

 「みんなが黙っているうちに、気付けば外堀が埋められていく。たとえ争点からかすんでいても、私たちは政党の主張を見極めなければならない」

(河郷丈史)