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<アベノミクスを問う> TPP コメ農家

「政治は農家を守ってくれるのか」とTPP交渉参加に不安を抱く八木輝治さん=愛知県弥富市で

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 「交渉参加してもコメや乳製品、砂糖、牛肉などは必ず死守しなければならない」

 壇上の石破茂自民党幹事長が、集まった農家ら四千人の前で宣言する。環太平洋連携協定(TPP)の交渉参加に反対する三月十二日の東京・日比谷での緊急集会。全国農業協同組合中央会(JA全中)などが主催し、反対派の熱気が会場を取り囲んでいた。

 「本当に守ってくれるのか」。愛知県弥富市の鍋八農産社長の八木輝治(きはる)さん(42)には、政権与党幹事長の言葉が空々しく聞こえた。コメ作りに精を出す地元農家を代表して参加。頭に鉢巻きをして「交渉参加、断固反対」と拳を突き上げたが、「動きだした歯車は止められないだろう」と気持ちはどこか冷めていた。

 集会から三日後の十五日、安倍晋三首相はTPP交渉参加を正式表明。「国民には今後状況の進展に応じて、丁寧に情報提供することを約束する」と述べた。だが説明会は業界団体向けに一度だけ。市民向けはなく、意見公募も実施されていない。日本の交渉参加が今月下旬に迫る中、八木さんは「今どんな状況なのか分からない。国同士の話し合いで難しいのは分かるが、現場が置き去りにされている」と、情報不足にいら立ちを隠さない。

 鍋八農産は、八木さんの父親の代から農作業の受託を始めて規模を徐々に拡大し、現在の耕地面積は約百ヘクタール。農業を志す二十代の若者を含めた従業員十人が働き、年間三百四十トンのコメを生産する。

 国産米の価格は一キロ当たり二百四十一円に対し、外国産米は百十七円と内外価格差が大きい。国の試算によると、コメの関税率778%がすべて撤廃された場合、三割が輸入品に置き換わり、残りも価格が下落。生産額は一兆百億円減ると予想される。JA愛知中央会は「県内は(新潟県の)魚沼産コシヒカリのようなブランド米が少なく、ほとんどが外国産になる」と予想し、影響額は三百四十六億円に上るとみている。

 近年、米国やオーストラリアは日本人好みの短粒種や中粒種の生産を拡大。味や見た目は国産米に近づいている。八木さんは「コストを抑えたい外食産業は外国産に切り替えるだろう。家庭の主食用も倍くらい価格差があれば、安い外国産を選ぶようになるかもしれない」と危機感を強める。

 一方で「聖域化ばかりを叫んでいても事態は変わらない。現場もできることから始めないと」と活路も模索する。無駄を省くため日々の作業記録をパソコンで管理したり、十アール(一反)当たりの収穫量を一割増やす目標を掲げたりと、経営効率化に取り組んでいる。

 円安でトラクターに使う軽油や、肥料など農業用資材の値段は上がり、アベノミクスの恩恵は感じられない。安倍政権の成長戦略には「農家の所得を十年で倍増」「農林水産品の輸出額を一兆円に増やす」など威勢のよい目標が並ぶが、「政治家や官僚たちが考えた机上の空論」と八木さん。「僕らは生活がかかっているから必死だ。国ももっと必死になって考えてほしい」。思いは切実だ。

(平井良信)