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<アベノミクスを問う> TPP 酪農

乳牛に餌を与える北村克己さん=愛知県西尾市の北村牧場で

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 田んぼの中に民家が点在する愛知県西尾市の市街地近く。のどかな牛の鳴き声が北村牧場に響く。牛舎につながれた六十頭の乳牛たちが柵から身を乗り出して食事を始めると、牧場主の北村克己さん(37)は飼料を与える手を休め、環太平洋連携協定(TPP)の衝撃の大きさを語った。

 「酪農は一番影響を受ける。乳を搾るだけではやっていけなくなる」。静かだが重い言葉が口をついた。

 参院選の焦点の一つで、関税を原則撤廃するTPP。現在は、バター360%、ミルク240%の実質関税率が国内の酪農を守る。政府は国産バターなどの価格を海外製品の約三倍と試算した上で、品質に大きな違いがなく「乳製品は国産のほぼ全量が外国産に置き換わる」と、TPP参加の影響を指摘する。

 愛知県畜産課によると、県内の酪農家は一九八九年に千百五十戸あったが、二〇一二年に四百戸を切った。それでも一一年の生産額は二百十七億円と、都道府県別で北海道、栃木県などに次ぐ六位。だが、政府の試算通りならTPP参加で壊滅に追い込まれる。

 「今の時点で何か手を打たないと難しくなっていく」。北村さんは生き残りを懸けて、酪農仲間と乳製品の加工販売を手掛ける合同会社「酪」を、〇九年に設立した。

 TPPが話題になる前から、自由貿易協定(FTA)などで関税撤廃が進む動きが気にかかり、異業種の経営者と交わって経営の勉強や先進地の視察を重ねてきた。

 牧場から二百メートルほど離れた自宅の倉庫を一千万円ほどかけて改造し、殺菌機や大型冷蔵庫も置いた加工場。マスクをした白衣姿の女性たちが忙しく立ち働き、牧場から運び込んだ搾りたての生乳で、ソフトクリームやプリン、チーズを次々に作り出していく。

 ソフトクリームやプリンは一つ三百円と決して安くはないが、品質には自信がある。地元産の抹茶やイチゴを味付けに使い、自家ブランドならではの特色も出した。

 道の駅など四カ所で販売し、加工品関連の売り上げは、生乳の委託販売など本業の四分の一に当たる年間千五百万円程度。新しい酪農への挑戦が評価され、今年二月に第七十二回中日農業賞の優秀賞を受けた。

 「生乳だけでは駄目になったとしても、打開しようと努力する人が生きていける」と意気込む。だが、TPPの影響は実際には未知数。「巨大な牧場のある海外とは規模も何もかもが違う。同じ土俵で戦えるかどうか…」

 政府は、第一次産業の担い手が加工や販売に手を広げる「六次産業化」を支援しているが、「TPPなどが不安で、やる気のある人が投資できない状況」と北村さんは指摘。自身も経営規模を広げるため、牛が歩き回れるスペースのある牛舎を建てる土地を確保したが、実行には踏み切れない。

 政治には、単なる補助金などより、酪農の将来が魅力的だと展望できる政策を示してほしいと強く思う。「やりたいと思う経営者が安心して集まれる環境さえあれば、強い酪農や農業は勝手に育つ」

(渥美龍太)