長野

<争点の現場>(1) 防災 

2016年6月14日

 五月末のある日。白馬村の国道148号沿いに建つ仮設住宅で一人暮らしをする柏原明美さん(83)は、雨空を残念そうに見上げた。晴れていれば、かつて暮らしていた同村神城の堀之内地区に行き、畑仕事をするつもりだった。

 二〇一四年十一月二十二日に起きた長野北部地震で自宅は取り壊しを余儀なくされた。仮設住宅と元の自宅は二キロほどの距離がある。畑に向かう時は、いつも他の入居者の車に同乗させてもらっている。

 「八十歳を過ぎて家を再建するのはあきらめたけど、村を離れたくない」と柏原さんは話す。十一月に元の自宅近くに復興村営住宅が完成する。「完成が何より待ち遠しい。自分で歩いて畑に行けるから」と笑顔を見せた。

 堀之内地区で住民が自力で建て直した住宅は十軒ほどになった。地震から一年半余りがたった今も住宅再建の工事が続き、重機や金づちの音が響く。

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 参院選では各党や候補者が、東日本大震災や熊本地震で被災した地域の復興の加速を政策に掲げている。昨年末に自宅を再建し地区に戻った七十代の女性は「熊本地震に比べれば、村や集落の被害は小さいかもしれない。それでも仮設住宅の皆さんはずっと苦労している。忘れないでほしい」と訴える。

 村は村営住宅十棟十八戸の建設を急いでいるが、建設費五億四千八百万円を巡って、国の復興支援策の不備が浮かんでいる。

 県と村は災害時に適用できる補助金の積み増しを求めたが、国は建設費の半分を補助したのみだった。「一つの市町村で二百戸以上か一割以上の住宅が全壊」という法定の積み増し条件を満たさなかったからだ。白馬、小谷村は住宅二百五十六棟が全半壊し、壊滅的な被害を受けた集落もあったが配慮されなかった。

 一一年三月に栄村の住宅二百二棟が全半壊した県北部地震では、国は東日本大震災と一連の地震とみなして村営住宅建設費の八分の七を補助した。県は白馬、小谷村へ独自の補助金を出したが、それでも白馬村は二億一千三百万円を借金に当たる村債でまかなう負担を強いられた。

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 白馬村は地震で、さまざまな事業が先送りとなった。その中でも、一年遅れでことし四月に着手したのが村役場庁舎の耐震改修だ。

 熊本地震では熊本県内の五市町で庁舎が損壊し、災害対応に支障が出た。復興に携わる白馬村職員は「熊本のように二度目の地震が来たら、役場の損壊でその後の復興はまったく変わっていたかもしれない」と話す。

 県内の七十七市町村のうち十四市町村の庁舎で耐震性が不足している。耐震補強や建て替え準備を進めているが、泰阜村や王滝村など小さな村はめどが立っていない。東日本大震災の復興事業や二〇年東京五輪に向けた建設費の高騰が落ち着くまで耐震改修を見合わせる村も出ている。

 県内を南北に走る糸魚川−静岡構造線断層帯では三十年以内の大地震の発生確率が最大30%と見込まれ、待ったなしの状況だ。自治体の庁舎は災害時に住民の命を守る司令塔の役目を担う欠かせない存在となる。小さな自治体への国のきめ細かい支援が今こそ求められている。

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 一年半ぶりの国政選挙となる参院選の公示が二十二日に迫った。災害、安全保障、地方創生といった国政の重要テーマは、県内にも深く関係している。現場を歩き、争点を探った。

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