福井

<私が18歳だった頃は…> 主な候補者振り返る(下)

2016年7月1日

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◆山崎正昭さん(74)=自現

 積雪は五メートル以上あった。冬は自宅二階からの出入りが当たり前。故郷の旧西谷村(現大野市)は豪雪地帯で、百二十軒ほどの集落だった。

 「国民なら皆一緒のはず。なぜ、苦労しないといけないのか。なぜ、この寒村に政治の光を当ててもらえないのか」。この感情は、今も「心のあか」として染み付いている。

 大野高校を卒業。都会への憧れから進学先は日大法学部政治経済学科に決めた。父親が政治家で、幼いころから自然とふるさとを良くしたいとの思いがあったのかもしれない。

 初めての東京は驚きの連続だった。「西谷村とは天と地ほど違う。夜がないんだもん」。深夜でもネオンサインが輝き、地方と都会の差を痛感した。三年後に東京五輪が迫り、世の中が好景気に沸いていた。

 一人っ子で人懐っこい性格。外出するたび、友人の輪はどんどん広がった。生活は今の学生と変わらない。講義を受けたり、マージャンなどをして遊んだりした。机の中のノートに混ざった小銭がなくなるとアルバイトをした。夜間の線路整備など肉体労働ばかり。「元気があったんだな」

 衝撃を受けたのは、食べ物。初めて見た「餃子(ぎょうざ)」の文字が読めなかった。「西谷村にはなかったから。何の子かと思った」と笑う。「食べたらおいしくて、おいしくて」。故郷を良くしたいとの思いが募った。

 卒業した一九六五(昭和四十)年の九月だった。豪雨災害で、村は一夜にして壊滅。東京で就職していたが、急きょ帰郷した。結局、廃村が決まって村民は離れ離れになった。「あの時の寂しさは今も忘れない」。政治家人生の集大成を迎え、地方創生という課題に直面したことは運命だと感じている。 (山本洋児)

◆若者へ

 今の若者は、勉強とか社会にかなり規制され、非常に縮こまってしまっている。もっと伸び伸びやれよと言いたい。

主な政党の公約

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