福井

<私が18歳だった頃は…> 主な候補者振り返る(上)

2016年6月30日

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 7月10日投開票の参院選は中盤戦に入った。今回から18、19歳の人も投票できるようになったが、立候補した人たちは、どんな青年だったのだろうか。主な候補者に、当時を振り返りながら、今の若者たちへのメッセージを送ってもらった。

◆横山龍寛さん(51)=無新

 「外の世界を見てみたい」と京都産業大に進学した。好奇心旺盛な性格。「この先、経験できないことをやってやろう」とアルバイトに明け暮れた。

 仕送りは家賃と光熱費だけ。お金もなかった。自動販売機の補充、服飾店、和食店…。「接客が面白かった」と、喫茶店のバイトを中心に、いくつも掛け持ちした。「知らない人と話すことは、バイトで鍛えられたかな」。以来、誰とでもうち解けられる。

 喫茶店での賄いはスパゲティやピラフ。和食が恋しくなることがあった。そんなことを感じたのか、隣の定食屋の店主が「たまには和食が食いたいだろ」と焼き魚定食をこっそり出してくれた。「あれはうまかったな。みんなに良くしてもらった」と振り返る。

 母みつ子さん(75)が部屋を訪れたことがある。「照れくさいけど離れて母親のありがたみがわかった」。二人で清水寺を観光した。その時に撮った写真は「貴重な一枚」だ。

 卒業後に古里に帰ることは決めていた。「人の役に立てる仕事を」と勝山市職員に。街づくりや財政の仕事をしながら「働く人の環境整備も必要」と、労働組合の活動に関心を移していった。

 平和への思いも、労組の活動で培った。二十七歳の時、労組の仲間と戦中に住民や兵士が避難所として使った沖縄の洞窟「ガマ」を訪れた。そのガマでは、日本軍が奥にこもり、住民が入り口で人間の盾にされたと語り部に聞いた。「戦争は平常心を失わせる。日本人同士が殺し合うかもしれない」。ぽっかりと空いた洞窟の闇がまぶたに焼き付いた。

 「平和を守らなければいけない」。昨年九月の安全保障関連法の成立に居ても立ってもいられなくなった。日増しに強くなっていくその思いを、かれた声で訴え続ける。

 (塚田真裕)

◆若者へ

 何でもいいから楽しめ!一生懸命に楽しめば嫌なことも嫌でなくなる。選挙では自分なりの考え、思いを持って、一票を投じて。

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