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中絶を考える(上) 消えない傷痕 軽い“愛情” 重い十字架
年間約21万件−。2010年度の人工妊娠中絶の件数だ。近年は減少傾向にあるものの、1年間で生まれる新生児がおよそ110万人だから、この数字がいかに多いか分かる。海外で選挙の争点になるのとは対照的に、日本では積極的に語られない中絶問題。全2回のうち初回は、経験者の声を交え、問題の核心を探った。 避妊具なしで「大丈夫」「とんでもないことをした。赤ちゃんの死産届を見た瞬間、自分がしたことの代償の大きさを突きつけられたんです」 名古屋市のパート、知子さん(39)=仮名=は21歳の時、妊娠5カ月になる子を中絶した。胎児が育った妊娠中期での中絶。人工的に陣痛を起こしてお産の形で体外に出した。役所に出す死産届を病院から受け取った時のショックは、今もはっきり胸に刻まれている。「年月がたっても消えることはありません」。言葉を絞り出すように、涙ながらに語る。 相手は成人式で再会した中学の同級生。友達関係から発展し、軽い流れの中で1回だけセックスした。コンドームは着けなかったが、「(膣(ちつ)の)中に(精液を)出してないから大丈夫」だと思っていた。 半月後、生理が来なかった。会社のトイレで妊娠検査薬を試した結果は「陽性」。血の気が引いた。彼は「産めばいいじゃん」「結婚してもいい」と言ってくれたが、その言葉は軽く響いた。彼は知子さんより友人と遊びに行くことを優先し、飲みすぎて仕事を休むこともしばしばだったから。そんな態度に不信感が募っていた。 奔放な夫 産む勇気奪うそれでも、最初は産むつもりだった。両親は反対したが、「私はこの子と幸せになる」と言い張った。だが、現実は甘くない。親は最後まで「産みなさい」とは言ってくれず、自分の中で産み育てていく勇気がしぼんでいった。中絶を決めたのは、周囲の反対を押し切って彼と結婚し、新居の契約も済ませた後。「俺、自由になりたいんだよね」という一言が決定的だった。 中絶した後、病院で隣から聞こえてきた生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声を聞き、涙が止まらなかった。 なぜ、あの時にきちんと避妊をしなかったのか。その後、2度の結婚を経て今は2人の子どもに恵まれている知子さんだが、罪の意識が消えることはない。「軽い気持ちのセックスの先に何があるのか。結末の重さを考えていなかった」 低年齢化、リピーターも中絶件数は年々減っているものの、依然として20万件を超えている。厚生労働省によると、2010年度は全国で21万2665件。石川、富山両県でもそれぞれ1649件、1570件に上った。全国的には15歳未満の件数が増加しており、若年層で特に深刻さを増している。 国内では母体保護法の下、妊娠22週未満などの一定条件で中絶を受けることができるが、大半は妊娠初期(12週未満)で実施されている。費用は10万〜15万円ほど。富山市の女性クリニック「We!TOYAMA」院長の種部恭子医師(47)は「(中絶で来院する患者のうち)産むつもりがないのに、避妊をしないで繰り返す人も3割程度いる。『妊娠したら堕(お)ろせばいい』という感覚」と話し、意識の低さに危機感を募らせている。 来院する人の中には、経口避妊薬「ピル」の使用を勧めても続けない人や、相手の男性や家族と十分に話し合いをせず手術を受けようとする人も。クリスマスや正月などイベントの多い年末年始を経て、2月ごろに中絶件数が増える傾向もあるようだ。 自分を責めてうつ発症種部医師によれば、吸引や鉗子(かんし)で胎児を取り除く初期の中絶手術は1日で終わり、子宮の損傷や感染症のリスクはあるものの、体への影響はほとんどないという。だが、それ以降の中期では分娩(ぶんべん)の形で体外に出さなければならず、女性の負担はより大きい。 身体的なダメージだけでなく、自らを責めるあまり、うつになるなど心に傷を負う人も少なくない。種部医師は「1回のセックスでも妊娠する時はする。中絶は最後の手段であることを意識してほしい」と訴える。 次回のLove&Sex(3月上旬)では、中絶経験者への回復支援の現状や男性側の声を紹介しながら、望まない妊娠を防ぐためにどうしたらいいかを考えます。 (担当・奥野斐) PR情報
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