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北陸発

避難者 揺れる思い 富山の夫婦「双葉 諦められない」

双葉町の広報紙を手にする熊川正幸さんと秀子さん=富山市内で

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知人は「何もない浪江 戻っても…」

 福島に帰りたい。でも、無理ならそれを教えて。北陸で再スタートを切るから−。

 福島県双葉町の自宅は福島第一原発から約六キロの場所にあり、この八年、居住を禁じられている。熊川正幸さん(67)、秀子さん(67)夫妻は原発事故後、東京や神戸などを転々とし、二〇一四年七月から、十一カ所目の避難先となる富山市内で暮らす。

 二人の退職金をはたいて郊外に中古の家を購入した。山も海も川もあり、双葉に似た雰囲気があり気に入っている。冬は少し憂鬱(ゆううつ)だ。曇りがちで空が低く感じる。秀子さんは「からっと晴れた温暖な気候が恋しくなる」と遠くを見つめる。

 このところ、年に二、三回、福島から知人の訃報が届き、車を約五時間走らせる。避難者は福島までの高速道路料金は無料だが、体力的にきつい。双葉に毎回は寄らない。空間放射線量が高いからだ。今も毎時〇・七マイクロシーベルトほどで、金沢や富山市内の約十倍もある。

 国、県、町からは定期的に調査票が届く。そのたびに「戻りたい」と伝えるが、誰も帰還できるめどを示してくれない。正幸さんは訴える。「帰れないなら、そう言ってほしい」。昨年十一月、福島県職員が富山県高岡市で、北陸に避難中の人を集めて聞き取りをしたが、時期への言及はなかった。

 毎年三月になると、東京まで十二時間かけて車で避難した際の渋滞の光景を思い出す。町から人が消えた。放射線量が下がっても、すぐに以前と同じ生活はできないだろう。「富山で再スタートを切りたい、と思うこともある。でも、帰れる可能性が残るなら、あきらめはつかない」

 ◇ 

 双葉町に隣接する浪江町の吉田陽子さん(69)は神奈川県横須賀市の娘の家に身を寄せたが、一七年五月に富山市内に引っ越してきた。福島にいたころから親しかった熊川夫妻の近くで暮らすことを望んだ。

 二カ月前、自宅のあった請戸(うけど)地区への帰還が許された。でも、帰らない。沿岸部のこの地区は津波で壊滅し、原発事故で遺体捜索もままならなかった。「自宅は流され、夫は亡くなった。親戚もいない。何もない町に戻ってもね」

 住民票は今も浪江にある。原発事故の賠償金受け取りが来春まで続き、移せない。面倒だが、運転免許の更新は福島県郡山市のセンターでしなければならない。今月六日、センターまで出向いた。無違反なら富山の警察署でも手続きできるが、不慣れな道で交通違反をしてしまった。「浪江にいたら違反せずに済んだかもね」

 来春、富山に住民票を移すつもり。それで、浪江町民ではなくなる。でも、「故郷は忘れたくても忘れられない」。二十ヘクタールの農地で野良仕事に精を出した。今も、春には田植え、秋には稲刈りをする夢を見る。「生まれ育ったからね。身に染みついているから」 (小川祥)

富山 今も127人生活

 復興庁によると、東日本大震災の影響で、今も約五万二千人が避難生活を送っている(二月七日現在)。都道府県別では、東北六県が約一万八千人で、全体の三分の一強を占める。

 北陸三県には、石川に百五十五人、富山に百二十七人、福井に百八十五人が避難している。二〇一八年三月十五日の時点と比べ、石川が三人増え、富山が十三人減り、福井は変わっていない。

南三陸から「富山に感謝」

仮設住宅元自治会長 応援イベントに参加

南三陸から駆け付け、「お礼が言いたかった」と話した畠山扶美夫さん=10日、富山市総曲輪で

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 東日本大震災の被災者らを応援する団体「ふっこうのおと」(富山市)のイベントが十日、富山市総曲輪のグランドプラザで開かれた。震災直後から支援を受ける宮城県南三陸町から「歌津平成の森仮設住宅」の元自治会長・畠山扶美夫さん(69)も駆け付け、富山に感謝の気持ちを伝えた。

 津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町。平成の森仮設住宅は百八十二世帯、五百七十人が暮らしていたが、高台に自宅を再建したり、復興住宅への入居で人は減り、昨年解体された。二〇一一年十月の自治会発足から五年八カ月、自治会長を務めた畠山さんは「五百七十人の人たちはやっと普通の生活に戻りつつある。自治会長から解放され、最後の目標として一度(富山で)お礼が言いたかった」と感無量の様子だった。

 一方、仮設住宅から出てもコミュニティーは元通りにならず、孤立する高齢者に触れて「人が集まるきっかけをつくってもらうのが一番。今こそボランティアが必要」と話した。

 飲食店がブースも出し、福島県浪江町の名物「浪江焼きそば」など東北から集めた物産を販売。富山県内から集めた避難所に関する質問に、被災者が答えたQ&Aパネルも展示された。

 事故で置き去りにされたペットの保護をしてきたNPO法人「SORAアニマルシェルター」(福島市)の西風直美さん(48)=兵庫県宝塚市=は、事故直後から奔走したが、全頭は救えなかったことを振り返り「犬も家族の一員として公的に認められ、一緒に避難できるようになってほしい」と話した。 (柘原由紀)

 

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