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【新聞わーくシート】金沢大教授らの調査隊  エジプトの遺跡で大発見 

 金沢(かなざわ)大(石川県(けん)金沢市(し))の研究者(けんきゅうしゃ)らでつくる調査隊(ちょうさたい)がエジプトで大発見(だいはっけん)をしました。記事(きじ)を読(よ)んで、問題(もんだい)にチャレンジしましょう。

【参考(さんこう)の記事(きじ)】

サッカラ遺跡で発見されたイシス・アフロディーテ女神像=金沢大学河合望研究室提供

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 金沢(かなざわ)大の河合望教授(かわいのぞむきょうじゅ)(51)は(十一月)十三日、エジプトのカイロ郊外(こうがい)サッカラ遺跡(いせき)で、ローマ帝国(ていこく)の支配下(しはいか)にあった一〜二世紀当時(せいきとうじ)のカタコンベ(地下集団墓地(ちかしゅうだんぼち))を発見(はっけん)したと発表(はっぴょう)した。古代(こだい)エジプトとギリシャ・ローマ文化(ぶんか)の融合(ゆうごう)を伝(つた)える貴重(きちょう)な資料(しりょう)という。融合を示(しめ)す女神像(めがみぞう)や石碑(せきひ)も出土(しゅつど)した。

 発見は、河合教授が隊長(たいちょう)を務(つと)める日本(にっぽん)とエジプト合同調査隊(ごうどうちょうさたい)の成果(せいか)。河口(かこう)そばのデルタ(三角州(さんかくす))地帯付近(ちたいふきん)を除(のぞ)くナイル川流域(りゅういき)では初(はじ)めての発見、確認(かくにん)という。

 木棺(かん)にあったイシス・アフロディーテ女神像は、太陽(たいよう)や牛(うし)の角(つの)を表(あらわ)した頭冠部(とうかんぶ)が古代エジプトに由来(ゆらい)し、腰(こし)のくびれや衣装(いしょう)は古代ギリシャ・ローマ文化が入ってきた影響(えいきょう)とみられる。古代エジプトの神々(かみがみ)を描(えが)いた石碑には、ギリシャ文字(もじ)も刻印(こくいん)されていた。

 エジプトはプトレマイオス朝(ちょう)の女王(じょおう)クレオパトラが海戦(かいせん)で敗(やぶ)れ、紀元前(きげんぜん)三〇年からローマ帝国下の属州(ぞくしゅう)となる。河合教授は「地中海世界(ちちゅうかいせかい)の一部(いちぶ)となったエジプトで融合した葬送習慣(そうそうしゅうかん)や宗教(しゅうきょう)、文化を知(し)る重要(じゅうよう)な資料を得(え)た」と話(はな)した。発見はエジプトの大手紙(し)も一面(めん)に写真付(しゃしんつ)きで報道(ほうどう)した。

 このカタコンベは岩(いわ)に掘(ほ)られ、中央(ちゅうおう)の通廊(つうろう)が奥行(おくゆ)き約(やく)十五メートル、幅(はば)二・五メートル。両側(りょうがわ)に側室(そくしつ)が五つある。入り口まで下降階段(かこうかいだん)が約九メートル続(つづ)き、アーチ形(がた)の天井(てんじょう)に覆(おお)われていた。河合教授はエジプト考古学者(こうこがくしゃ)で有名(ゆうめい)な吉村作治(よしむらさくじ)さんのもとで研究(けんきゅう)を続け、二〇一六年に金大に赴任(ふにん)した。

〜小学校中学年以上(いじょう)〜

 金沢大(かなざわだい)の研究者(けんきゅうしゃ)が参加(さんか)する調査隊(ちょうさたい)の発見(はっけん)を通(とお)して、地中海(ちちゅうかい)文明の交流関係(こうりゅうかんけい)を知(し)ろう。

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■解答(かいとう) 基本問題(きほんもんだい)(1)c (2)c (3)[吉村作治(よしむらさくじ)さん] ▽発展(はってん)問題(1)a ▽11月17日の発展(はってん)問題(3)の答(こた)えは[泉鏡花(いずみきょうか)]です。

■発展問題(はってんもんだい)(2)は答(こた)えを募集(ぼしゅう)します。はがきに住所(じゅうしょ)、氏名(しめい)、郵便番号(ゆうびんばんごう)、学校、学年、電話(でんわ)番号、掲載日(けいさいび)を書(か)き、〒920 8573(住所不要(ふよう)) 北陸(ほくりく)中日新聞報道部NIE係(ほうどうぶエヌアイイーがかり)に送(おく)ってください。締(し)め切(き)りは12月7日必着(ひっちゃく)。正解者(せいかいしゃ)の中から2人に図書(としょ)カードを差(さ)し上げます。

■監修(かんしゅう) 松坂浩一郎(まつざかこういちろう)(NIE(エヌアイイー)コーディネーター

■掲載(けいさい) 11月14日一面

 

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