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【楽しむ】マジック 消せぬ情熱 公務員やめプロに

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 ゆったりとした音楽に合わせて赤、緑、黄、紫のハンカチが一枚ずつ右手のひらに押しこまれたと思ったら、カラフルな和紙の扇子が現れた。二月中旬、金沢市下安原町東の特別養護老人ホームやすはら苑。今井周一さん(71)=同市東力四=がポーズを決めると、お年寄りたちが「上手やねえ」。柔和な顔が一段とにこやかになる。

最初は仕事のため

 手品との出会いは石川県庁で働いていた三十歳ぐらいのころ。一九七〇年に入庁し、農林水産部で農業改良普及員として野菜農家を指導した。生産者との懇親会で余興を求められることが多く、当時はカラオケがブームだったが、歌は苦手。困っていたら先輩の普及員が手品で宴席を盛り上げた。「これだ」と、先輩が会員だった県庁の手品サークルに入った。

 小さい硬貨をいきなり大きくする、トランプを空中から次々と出す、ロープの結び目を一瞬で消す…。最初は「仕事のプラスになれば」と単純に考えていたが、次第に魅力にはまった。メンバーは十人程度で、練習は月一回。帰宅後も自宅で練習し、腕前はすぐに上達した。得意にしたのがコインとトランプ。日常生活にある物を使うと不思議さが大きくなるから好きだった。サークル活動で福祉施設などを訪問し、学んだ技で入居者を喜ばせた。「見てる人を手品の世界に引き込み、感動を与えることが楽しい」

 仕事は一生懸命していたが、もっと手品をやりたい、深く入り込みたいと強く思うように。あと二年余たてばやってくる定年まで待てなくなり、二〇〇四年の暮れに妻や上司に早期退職を相談した。「どうしてもやるの?」「手品に値打ちがあるのか?」と猛反対された。自宅を改築して手品教室をやりたいと妻に胸の内を明かし、頭を下げた。最後は理解してくれ、翌〇五年の三月、五十八歳で公務員生活に区切りをつけた。

教室と慰問の毎日

 退職してすぐ、自宅近くのビルの一室を借りて教室を開き、「プロ」の生活をスタート。飛び込みの客を中心に八人ほどが集まった。半年後に新しい自宅兼教室に移り、玄関前に「金沢マジック」の看板を掲げた。

 教室の生徒は現在、十五人。みな六十歳以上で、最高齢は八十歳の元すし店経営者。女性は二人いる。レッスンは個人指導でほぼ毎日。「もうけにはならない。生活できる程度かな」と冗談交じりに笑う。高齢者の慰問と、生徒の実力を試すために福祉施設への出張公演を続けている。

 夢をかなえて十四年。あっという間に駆け抜けてきたように思う。「好きで始めたから後悔はない。満足している」。体は健康。八十歳までは続けるつもり。悩みは教室の後継者がいないこと。「もっと多くの人を教えたい」「もっと多くの人に手品を見せたい」−。プロマジシャンの旺盛な意欲は衰えない。 (文・坂本正範、写真・戸田泰雅)

坂本記者もやってみました!

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 マジックといえばトランプか。「初心者でもできるものを」と今井さんにお願いし、片手で扇形に広げる基本的な技を伝授してもらった。五十四枚のトランプを持ち、親指と他の四本の指を同時に反対方向にグイッと動かす。きれいに開いたつもりだが、よく見ると不揃い。しばらくすると、腕がピリピリ。意外と力が必要で筋肉痛寸前だ。笑顔はちょっと無理。

 小さなスポンジボールを使う技も習った。これも基本らしい。名前は「テンカウント」。1、2、3…と数えながらテーブルに置いた二つのボールを見せたり隠したり。最後の「10」で、左右の手に一つずつ持っているはずが右手に二つ、という不思議な技。“師匠”は「だれでも引っ掛かりますよ」と優しく言ってくれるが、これがなかなか。自宅でも練習したが、途中でサッとボールを移動させるのが難しい。何回やっても顔がこわばってしまう。

 「一にも二にも根気ですよ」と今井さん。意欲は満々なのに顔の表情と指がついていかない。当たり前だが練習あるのみ。いつか宴会芸で見せてやる、と思うが、その日はきっとやってこないだろう。トランプにしろスポンジボールにしろ、指を動かすのは健康にいい。年をとってもできそうだ。

 

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