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画中日記

能登へ 9 方言のもてなし 親近感

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 ×某月某日

 ここ数日、晴れ続きである。いつ雨が降ったのかさえ思い出せない。今日も朝から晴天である。

 能登の最北端珠洲市狼煙町から輪島方面に向かって二十分ほど車で走ると馬緤町にたどり着く。

 海岸に沿うように付けられた県道から途中左に折れると、砂山を断ち割って開いたと思われる切り通しがあり、車一台がやっと通れるほどの道がくねくねと続いた先に、数軒の家が、集まったり離れたりしながら、集落を形成している。その光景は、まるで時代が一気に遡(さかのぼ)ったのではないかと思えるくらいである。舗装された道路に目をつぶれば昭和の戦前くらいを想像できるかもしれない。

 ただこの感想は、もう十数年前にこの集落出身で出版社に勤務していたSさんの、招待を受けて訪(おと)なった時の印象であり、したがって現在のそれではない。

 その日、東京からは作家の北原亜以子さんと画家の蓬田やすひろさん、出版社で編集長をされていたOさんが招かれていた。

 私は、友人のNさんの車に同乗させていただいて町野の時国家で、お三方と合流し、約束の浅暮れのころにS邸に着いた。

 史家ではないので分からないが、この馬緤の地名は、平安期、奥能登に配流され居をかまえていた、平時忠を訪なった源義経主従が、馬をつないだ場所から付けられたらしい。奥能登は、源平に纏(まつ)わる伝承に幾重にも彩られた土地でもある。

 Sさんの御両親に、実に丁寧に迎えられた。私は、珠洲の出身者だからお二人が時折挟まれる方言に親近感を持ち、親戚の家にでも呼ばれたような気分だったが、他の方は、「あいそむない」や「うぞいもんやけど」「ほんながきやあ」といった能登ことばは、ほとんど理解されなかったと思う。だが、「饗応(きょうおう)したい」というお二人のおもてなしの心に体の芯まで浸っておられたことだけは確信できた。

 

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