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画中日記

能登へ 8 Y君乗せ通学した日々

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 ×某月某日

 前回、私の生まれた在所を流れる「川」と「のと鉄道能登線」について触れたが、これを書いている最中に、この川でよく遊んだ友人の一人Y君のことを思い出してしまった。

 あれは確か、私が小学校の五年生の時だったと思うが、二歳下の近所に住むY君の足が突然伸びなくなったのである。

 医師から足を使わないようにとでも言われたのだろうか、学校から帰るとベッドで頭を斜め下にして、伸びなくなってしまったという方の足首に分銅の付いたロープをかけ、いつも横になっていた。

 ある日Y君の両親から「息子を、自転車に乗せて学校に送り迎えしてほしい」と、頼まれた。私は、成人用の自転車に座布団を括(くく)り付けて、毎朝Y君を自宅にまで迎えに行った。彼はほとんど運動をしていなかったせいだろう、二歳上の私より体重がありそうだった。

 小さかった私は左手でハンドルを握り、右手でサドルをかかえ込むようにして三角乗りをして、Y君と毎日学校に通った。それは小学校を卒業するまで続いた。

 六年生になると、学校行事の準備なども加わり帰りが遅くなることが多くなったが、私の帰りをいつも所在なげに、誰もいなくなった教室で待っていてくれた。駄賃の代わりは毎月Y君と同じ少年雑誌『少年クラブ』を買ってもらったことだった。

 いつだったか、大雨の中で私がハンドル操作を誤り泥田に頭から突っ込んだことがあった。幸いけがは無かったが、二人共全身泥だらけで、おまけに鞄(かばん)の中身が飛び出し、教科書まで泥まみれになってしまった。おそらく、今のような季節だったのだろうと思う。その時のことは、それ以外に何も覚えていない。

 仕事場から見える加賀の田んぼは、大型の機械でいっせいに苗が植えられ、あっという間に青田にされてしまった。白山との交響が実に見事だ。

 

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