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画中日記

能登へ 5 夢のような10日間

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 ×某月某日

 こんなことは、めったにあることではないが、十日間ほどで、四か所を巡ってきた。たまたま運よく挿絵の仕事が途切れたこともあって、安心して旅行に出ることができた。

 最初に訪なったのは愛知県の知多半島で、三重県の鳥羽港から伊勢湾フェリーに乗船し、渥美半島経由で知多半島師崎港に入る。強風の中、窓外を楽しむゆとりなど全くなく、ひたすら船室の柱にしがみつく。下船後すぐに南知多町に移動し「延命寺」に長く秘蔵されているという狩野派か土佐派、はたまた長谷川一門の手になるのではないかといわれる六曲一双「洛中洛外図屏風」をお寺のご厚意で特別に観せていただく。

 翌日は、名鉄知多新線野間駅に近い、源義朝の墓があることで有名な「野間大坊」を取材する。裏切り者に、浴室で殺される際、「せめて木太刀の一本もあれば」といって絶命したことから、今も多くの人たちが木太刀を奉納している。

 三日目は、石ケ瀬古戦場から「村木砦(とりで)」に出て、水野氏の居城で徳川家康の生母於大の方が生まれた「緒川城」を念入りに取材する。今は土塁のほんの一部しか残されていないが歴史の事実を今に、伝えていてさまざまな思いが交錯していく。

 帰ってすぐに所用ができ、奥能登に向かう。陽光の厚みに差異こそあれ、半島特有の解放感はいずれも同じだとつくづく思わされる。

 約束していた仕事を早々に片づけ、今度は東京の「国立劇場」で舞踊を堪能させていただく。ポスターやプログラムの装画を担当させていただいたご縁からご招待をいただいたものである。一日空けて、今度は「上七軒歌舞練場」の「北野をどり」に作家の安部龍太郎さんからお誘いをいただき、京都に向かう。京の舞を味わった後、安部さんと「平野神社」で満開の夜桜見物をする。この十日間は、まるで夢の中を疾走していたかのようであった。

 

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