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北陸文化

【寄稿】宇田智子 金沢へ 犀星を囲みに

 去年の二月、那覇にある私の古本屋で、イラストレーターの武藤良子さんの個展を開いた。タイトルは「犀星スタイル 沖縄スタイル」。室生犀星の食生活と暮らしについて、本人や娘の朝子さんや孫の洲々子さんの文章を収めた『をみなごのための室生家の料理集』『犀星スタイル』という本に、武藤さんが挿絵を描いた(出版元は金沢の亀鳴屋)。その原画と描き下ろしのイラストを展示した。武藤さんとは十年以上前に東京の書店で一緒に働いていて、私が沖縄に移り住んでからも縁が続いていた。

 那覇まで設営に来てくれた武藤さんに「秋に金沢の室生犀星記念館で原画展をするから、洲々子さんと三人でトークイベントをしよう」と誘われ、とっさに言葉が出なかった。

「アイドル」確かに生きていた

 そもそも那覇で原画展をすることになったのは、私が武藤さんに「犀星は私のアイドルなんです」と口走ったのがきっかけだった。作家をアイドルと呼ぶのはふさわしくないかもしれないけれど、記念館やゆかりのお寺を見るために金沢を訪ね、原稿の文字に見とれたというファンらしい思い出もあるし、そんなことをした相手は犀星しかいない。

 そのアイドルの聖地でお孫さんと話すなんて、研究者でもないのにあまりに図々(ずうずう)しい。でもファンとしての好奇心に負けて、引きうけてしまった。

イラストレーター武藤良子さんの個展「犀星スタイル沖縄スタイル」を開いた「市場の古本屋ウララ」の店内=那覇市牧志で

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 十月のなかば、武藤さんから「犀星がこんな生々しい作家とは思っておらず、ちょーびっくり」とメールが届いた。イベントに向けて集中的に読んでいるようだ。女やお金について、容姿や出自について、なりふり構わず書きまくったような犀星の小説。ときに文法もあやうく、造語も飛びだす。初めて読んだときは私も驚いた。でも、どんな言葉を使ってでも書ききろうとする気迫を感じたし、みじめな場面にも不思議な気品と色気があって、惹(ひ)きこまれた。

 十一月の最後の日の朝、武藤さんと宿を出て、町を散策しながら室生犀星記念館に向かった。室生洲々子さんはじめ館のみなさんが迎えてくださり、打ち合わせのあと原画展を見た。武藤さんの絵と犀星のひざ掛けや虫かごが一緒に並んでいる。絵が立体になったようで面白い。そのあいだに朝子さんや洲々子さんの文章がある。みなで犀星の部屋を覗きこんで、ああだこうだとしゃべっているみたいだ。

 トークイベントは一階で行われた。壁には犀星の著作の表紙がずらりと並んでこちらを見下ろしている。武藤さんにポスターの絵はどうしてこう描いたのか聞いたり、洲々子さんにご家族のエピソードを伺ったりして、ファンとして楽しんでしまった。

 トーク中、洲々子さんが「犀星さん」と呼ぶのを聞いて、ああ、確かに生きていた人なんだと思いもした。私もここにいるほとんどの人も犀星に会ったことはなく、本を読んだだけだ。なのに、この世にいない人を囲むように集まって、にぎやかに話しあっている。犀星の本のおかげで、生きている人たちに会えたことが嬉(うれ)しかった。また、犀星を囲みに金沢に出かけたい。

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【プロフィール】 うだ・ともこ 1980年、神奈川県生まれ。2002年にジュンク堂書店に入社、東京・池袋本店で人文書を担当。09年、那覇店開店に伴い異動。11年に退職し、那覇市の第一牧志公設市場の向かいに「市場の古本屋ウララ」を開店。14年に第7回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。著書に『那覇の市場で古本屋 ひょっこり始めた<ウララ>の日々』(ボーダーインク)、『本屋になりたい この島の本を売る』(ちくまプリマー新書)、『市場のことば、本の声』(晶文社)。

 

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