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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(54)おたのしみ

持ち帰り菓子と「よむし」

 袂(たもと)から現れた小さな包みを開いてみると、中から、紅(あか)いの白いの、対の福梅。年始に出かけた先で、祖母がいただいてきたのだ。

 金沢は、来客に、茶とともに銘々盆に半紙をぴしっと二つに折り、その上に菓子をおいて出す。客が菓子に手をつけなかった際には、くるんで帰りしな渡すのである。一枚では心許(こころもと)ない、だから半紙は最初から二枚。これは年始に限ったことでなく、一年を通してだ。不意の客にも困ることのないように、そして菓子好きの多い土地だから、家の戸棚には、なにかしらの菓子がいつもある。菓子盆からつるつるの顔をのぞかせた栗まんじゅうはかわいくて、ついついこすってみたくもなった。六方にふくさ、桃山、調布、と、小さい時分から私はすらすらと菓子の名は言えた。たまたま菓子をきらした時には、母に頼まれ、客人に気づかれぬよう裏口からそっと出て、路地の突き当たりの店へ買いに走ったこともある。あの頃の東山界隈(かいわい)は、ちょいと出ればなんでも揃(そろ)う、暮らしに便利な街だった。

 桜の季節に三色団子、ささげ餅は夏に、婚礼のお家の前には蒸籠(せいろ)が積まれて、五色生菓子が納まる。季節や人生の節目や人との付き合いを、菓子は身近なところで、私に教えてくれていた。

「家路」

写真

 福梅は、新春を祝う金沢の伝統菓子である。加賀百万石、前田家の家紋である剣梅鉢が由来と、形は決まっているものの、菓子屋は味や見栄えに腕を振るい、競って売り出していた。「ここのは、ちょっと小ぶりだね、皮もバリバリしてない、うまい。来年はここのにしようかねぇ」と、祖母は持ち帰った福梅が家で買い求めたものと違う時、それが口に合えば、いつも言った。「またはじまったぞ」と、皆は聞き流していたけれど。菓子屋にも各々(おのおの)の家には贔屓(ひいき)というか、行きつけの菓子屋があり、なかなかよそに変えられぬとわかっていながら、祖母はちょっぴり心移りをしてみせるのだ。これは大概は消えやすいものだったが、移りを決めた年は、なんとなく、しっくりとしない始まりだったと覚えている。

 持ち帰りといえば、宴会の折詰を開くのも楽しみだった。父の帰りに気づくと、私は寝床からごそごそと這(は)い出す。母にパジャマと腹巻きを整えてもらってから、はんちゃ(はんてん)を着て私も長火鉢を囲む。折の鯛(たい)と目が合い、この時期は周りにお多福豆やかまぼこ等が詰めてあった。小皿に取ったきんとんをちびっと舐(な)めただけで、私は大人の仲間入りをした気分になったけれど、それも束(つか)の間。「マリちゃん、よむしになったらダメ」の父の一声でいつも私の宴(うたげ)はおひらきだった。

 よむしとは夜の虫のことだった。どんな虫なのかは大人になってわかった。♪どこのうまれかお育ちか誰も知らない夜の虫ああ夜の虫…浜口庫之助(くらのすけ)のこの唄で。わかった時にはよむしになっていた。遅かりし。

 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)※次回は二月一日掲載。

 

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