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北陸文化

村上春樹さん イタリアで記念講演(上)

ラッテス・グリンツァーネ文学賞「ラ・クエルチャ」部門

 作家の村上春樹さん(70)が今年10月、国際的に評価の高い作家に贈られるイタリアのラッテス・グリンツァーネ文学賞「ラ・クエルチャ」部門に選ばれ、北西部アルバで記念講演した。「洞窟の中のかがり火」と題して、デビューや小説の生まれ方、物語の意義などを語った。講演の要旨を、今週と来週の2回に分けて掲載する。

イタリアの文学賞を受賞し、記念講演する村上春樹さん(中央)=10月、イタリア・アルバで((c)FondazioneBottariLattesfotoMurialdo、共同)

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【講演要旨】

小説の書き方について語りたいと思います。

 僕が初めて小説を書いたのは二十九歳の時でした。中学に入ると読書に夢中になりましたが、自分が本の著者になれるなどという考えは頭をよぎることもありませんでした。

 読書に加えて音楽、特にジャズを聴くことが大好きでした。二十四歳の時にはジャズバーを始めました。ピアノを置き、週末にはライブをやっていました。そういう生活を十年ほど送りました。

 僕は、一九六〇年代後半のカウンターカルチャーをくぐり抜けてきた世代です。そのせいもあって、大学を出て会社に就職しようとは思いませんでした。僕自身はそれほど熱心に政治活動をしたわけではないのですが、一時期の騒ぎが収まれば、何事もなかったような顔をして、大資本の歯車になることはしたくなかったんです。できるだけ社会の思惑とは無関係でいて、あくまで個人の論理で生きていくことを一貫して求めてきました。

29歳の春 自分の中に語るべきもの生まれた

 二十九歳の春になぜか突然、小説を書きたいと思いました。僕なりの人生経験を積んで、自分の中に、語るべきものが生まれたんだと思います。

 文字通りゼロからの出発でした。それから半年ほどたち、小説らしきものを書き上げ、出版社に送りました。結果は文芸誌の新人賞を取りました。タイトルは「風の歌を聴け」です。三十歳にして僕は一応、小説家と呼ばれるようになりました。

 最初の小説を発表してから四十年以上がたちましたが、僕の書き方は基本的に変わっていません。

 僕の小説の書き方は多くの面でかなり特徴的だと思います。その大きな特徴は前もって計画を立てないことです。まず数ページ書きます。この時点では物語の筋はほとんど考えません。頭に浮かんだ情景やイメージを描写します。頭に浮かんだことを書く。でもそれは自発的なものでなくてはいけません。地下水が地上に湧き出てくるように、僕自身の深い部分から自然と湧き上がってくるものなのです。

 僕の書斎には、衝動的に書き付けた使い道のない文章が一時的に休んでいる引き出しがいくつかあります。しかし、ある時ふと、時間がたって何かが発酵するように、あるいはワインが熟成するように、使い道のない文章の一つが僕の中で生命を帯び始めます。僕は引き出しから紙を取り出し、それを出発点にして小説を書き始めます。

 長編小説「ねじまき鳥クロニクル」は「ねじまき鳥と火曜日の女たち」という短編小説から派生したものです。その冒頭はこういうものです。

 <その女から電話がかかってきたとき、台所に立ってスパゲティーをゆでていた。スパゲティーはゆで上がる寸前で、僕はFMラジオにあわせてロッシーニの「泥棒かささぎ」の序曲を口笛で吹いていた。スパゲティーをゆでるにはまず最適の音楽だった。>

 この文章も、いつものように引き出しにしまいました。長い時間がたった後、この一節はうまく発酵してくれ、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」という短編になりました。雑誌掲載後、本に収録し、その数年後に長編「ねじまき鳥クロニクル」に発展したのです。

 予定を決めずに自由に話を進めていく。そういう書き方が好きです。最初から筋立てや結末を決めてしまうと、書いている方だってあまり面白くありません。少なくとも僕は面白くありません。

 自由に小説を書いていくことの最も優れた点は、人は自由であればあるほど、自分の無意識の領域にアクセスできることにあります。小説家の、より広くいうと芸術家の究極の目的は、自分自身の内部に深く下りていくことだと思います。

 その物語を有効に語ることで、人々の魂と深いところで結び付くことができる。われわれは絶対的に孤独な存在ではない。優れた物語が示してくれるのはそういうことです。無意識のレベルでの緩やかで静かな連帯感。

 もちろん、引き出しにしまったものが全てきちんと発酵するわけではありません。大方の文章は引き出しにしまわれっ放しで、忘れ去られてしまう。(発酵するかどうかは)時間をかけて結果を見ていくしかありません。原則として、大きな意義のあるものを、長い時間をかけずに得ることはできないのです。

小説の書き方 ジャズの即興からヒント

 僕の書き方は、ジャズの即興演奏から大いにヒントを得ているかもしれません。一つのテーマから始め、自由に発展させていく。音楽から学んだ大切なことの一つです。

 もう一つはリズムです。正しいリズムは物語を前へ前へと進ませます。たとえどんなに表現が美しく、ストーリーが魅力的であったとしても、生き生きしたリズムを欠いていたとしたら、ほとんどの読者にとってページをめくるのはつらい作業になるでしょう。

 そして最終的に読者の心に深く刻まれるのはメロディーです。それは小説の中で、自然と引用したくなるような特別な一節となるでしょう。

  (下は28日に掲載します)

 

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