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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(53) 冬の景色 

雪吊り、雪囲い 職人技光る

「まちぶせ」

写真

 「雪吊(つ)りを見てきましたよ、すてきでした」と、先月金沢を旅したひとが話す。兼六園の雪吊りは、冬の金沢のみどころのひとつだ。樹木よりうんと高い支柱を立て、そのてっぺんから何十本も縄を下ろす。縄は一本一本、枝とくくられて、やがて円錐(えんすい)の形を描きだす。高さの異なるとんがりがあっちにも、こっちにもできた。ながめる位置によって、ぴんと張った縄の奏でる線が重なり、今度はあらたに線画も描いてみせた。

 日本海からの湿気をたっぷり含んだ雪の重みから、木の枝折れを防ぐための補強の技術も、そこに美しさを演出し、訪れたひとを魅せるのが、兼六園の雪吊りだ。庭師のセンスのよさが光っている。

 これが載る頃には、金沢の冬のみどころのもうひとつ、こもかけが街に現れていることだろう。風雪から土塀が傷まぬようにと、塀の半分くらいこもをあてる、塀に沿ってずっと。すると、いつもの整然とした長町の武家屋敷の街並みが、ほっくりと可愛(かわい)くなるのである。私はこの季節にここを歩くのが好きだった。「ぬくいぞ」と、いつかは土塀の嬉(うれ)しい声も聴けそうで。

 ひがしの花街も、冬の足音を感ずるようになると、毎年、通りに面したきもすこ(格子)に雪囲いをあてた。半分、きもすこは隠れる。囲いと言っても木の薄い板を組み、縦に四、五本すうっと桟の入ったもので、すっきりと軽くみせるよう仕上げてあった。雪囲いひとつも、もっさりとしたものを嫌った、花街の好みのわかる職人の仕事だ。

 囲いの下をL字のねじにのせ、上は左右にひっかけ金具で留める。取り付けにも難儀しない。囲いはふつうは二枚ほど。私の家は角だったから、その倍は要った。これで雪や風の吹き込みも防げる。すかした雪が山となっても、安心して家の側に寄せておくこともできた。見た目よりずっと頼もしかったのである。でもひとつだけつらかったのは、外からの明かりが半分になったこと。付けてしばらくは皆「また暗らなったねぇ」と、こぼすのが常だった。皆の足元から爪革を掛けた下駄(げた)がちらりとのぞいていた、花紫に朱に、気が晴れそうな、色いろいろ。ここにもちいさな冬の景色があった。

 長火鉢の炭がかっかと熾(おこ)る。神棚に御神燈(ごしんとう)が灯(とも)った。よいことがあると増やしていく提灯(ちょうちん)は、丸いの長いのあのころ十も灯っていた。暗くなった冬の室内でこれらが放つ赤の色は、今も私の記憶に強く残っている。

 そして、新しい年を迎えるその時の、一本のろうそくの火…。台所にはいつも手を合わせる祖母がいた。今は見えない、かつて井戸のあった場所である。井戸は現世と異界を結ぶ通り路だ。母もずっと手を合わせてきた。これは忘れられぬ、私のこころの冬の景色となった。(まえだ・まり=イラストレーター、画家、金沢・東山生まれ)

 

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