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北陸文化

【岩津航の南フランス日記】(6) カタリ派

一向一揆思わせる盛衰

 秋の週末、トゥールーズとアルビの中間に位置するラヴォールの町を訪れた。からくり人形が教会の鐘を打つのが名物だが、カタリ派の盛衰を目撃した古戦場でもある。

ラヴォールのサンタラン教会

写真

 南仏では、十二世紀以降、カタリ派と呼ばれるキリスト教の一派が勢力を拡大した。この世を悪魔が作り出したものとして恐れ、潔斎を守る者だけが救われると主張する終末思想は、トゥールーズでも大流行し、かつ庇護(ひご)されたが、ローマ法王庁からは異端と見なされ、十三世紀に北フランスから軍隊が差し向けられて制圧された。歴史上「アルビジョワ十字軍」と呼ばれている事件である。アルビジョワとは、アルビがカタリ派の中心地だったことに由来する。宗教集団を中心とした独立統治とその弾圧は、加賀の一向一揆を思わせる。

 ラヴォールはフランス軍の攻撃に三十日間耐えた末に陥落し、一度に四百人ものカタリ派信徒が処刑された。現在は、カタリ派を偲(しの)ぶ遺構は何もない。徹底的に破壊されたためである。カトリック側はアルビに要塞(ようさい)型の巨大なサント・セシル教会を建設し、トゥールーズに神学部を創設した。私がお世話になっているトゥールーズ大学が、フランスの大学としてはパリのソルボンヌに次いで古いのは、そうした事情による。

 以後、トゥールーズはカトリックの牙城となり、十六世紀の宗教戦争の際には、プロテスタントのボルドーに対抗する拠点となった。反プロテスタントの空気はその後もこの町を支配し、一七六一年には有名な「カラス事件」(プロテスタントの父親がカトリックに改宗しようとした息子の殺害を疑われた)の冤罪(えんざい)が起きる。作家のヴォルテールが名著『寛容について』を書くきっかけになった事件である。

 カタリ派や宗教戦争の歴史は、異なる信仰に対して人々がどこまで過酷になれるかということを示している。ヴォルテールが説いた寛容の精神をもつことの大切さと難しさは、今日の私たちにも決して無縁な話ではないと思われる。

     ◇

 岩津航(いわつ・こう)・金沢大教授(仏文学、比較文学)の南仏トゥールーズ滞在記。

 

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