トップ > 北陸中日新聞から > 北陸文化 > 記事一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

北陸文化

【コミュニティシネマ 街中銀幕から 】その時の自分としか出会うことができない映画

「卒業」の1シーン(C)1967STUDIOCANAL.AllRightsreserved.

写真

 今年も金沢文化振興財団の企画で金沢三文豪ゆかりの作品を35ミリフィルムで上映する機会をもらった。デジタル上映が中心になった昨今、近年はフィルムでの上映は年に数回あるかどうかなので、とてもありがたい。使っていないときでも、毎月フィルムの映写機の電源を入れ、モーターを回すようにしているが、とても頑丈だ。

 デジタル機材はコンピューターなので、普段使っているパソコンのようにアップデートがあったり、フリーズしてしまったり、操作が手軽ではあるけれど、トラブルや不調も多い。何よりも、故障した時には、コンピューターによほど詳しくなければ、現場では機材を再起動するくらいしかできることがない。十年ほどで機材の寿命が来ると言われているのも難点だ。

 フィルムでの上映のたびに、映画館やデジタル配信やDVDなどいろいろな形での映画の鑑賞について考える。さまざまな方法で作品に触れることが手軽になった現在、鑑賞することのできる作品が増える一方、またの機会でもいいかと気軽に先延ばしにしていると、次々に新しく見たい作品が増えていき、結局鑑賞することがないままの作品も増えていると思う。

 決められた時間に決められた場所に行かなければいけないという映画館の不自由さは、むしろ肯定されるべきなのかもしれない。家を出るときから映画鑑賞は始まっている。あの映画を見たときはこんな天気だった、鑑賞した後にこんなことがあったなどと、いろんな思い出が付随する。

 晩年の樹木希林の生活に密着したドキュメンタリー『“樹木希林”を生きる』を上映中で、多くの人々に来場いただいている。樹木希林が、女優として、一個人として、本当に多くの方々から愛されていたのだなと感じる。また、樹木希林と同じく昨年の九月に亡くなったバート・レイノルズの最後の主演作『ラスト・ムービースター』の上映も始まる。次々と往年の名優たちが姿を消していく。

 デジタルにもフィルムにも魅力がある。数多い新作の中から新たな才能を見いだすのも楽しいし、往年の名作には間違いない力がある。鑑賞する人間も、演じ続ける人々を鑑賞してきて、一緒に歳を重ねてきたからこそ感じ取れる良さもある。

 二十六日からはダスティン・ホフマンの『卒業』の上映がある。公開当時には僕は生まれていなかったが、映画の中のホフマンに年齢が近い若いころに見たときと、劇中の彼の両親に近い年齢になった今見るのと、違った見方ができるだろう。

 現実の時間は動いていくが、映画は画面の中の時間が止まっている。だから、同じ作品でも見る側の変化で違う視点で映画を鑑賞することになる。その時の自分としか出会うことができない映画。いつでも見ることができる映画など、本当はないのかもしれない。 (シネモンド支配人・上野克)

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索