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北陸文化

生きづらい世の妙薬に 「はじめての大拙」出版

大熊玄さん(石川県西田幾多郎記念哲学館副館長) 漢語避けて読みやすく

 石川県西田幾多郎記念哲学館(同県かほく市)の副館長を務める大熊玄(げん)・立教大大学院准教授(東洋哲学)が、金沢市出身の世界的な仏教哲学者・鈴木大拙(一八七〇〜一九六六年)の言葉を集めた『はじめての大拙』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を編さん、出版した。「生きづらさを感じている人たちにこそ、じかに大拙自身の言葉に触れてほしい」と語る。 (松岡等)

「はじめての大拙」を出版した大熊玄さん=石川県かほく市の西田幾多郎記念哲学館で

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 『禅』『無心ということ』『日本的霊性』『東洋の心』『新編 東洋的な見方』『禅と日本文化』など、大拙の著書から五つのテーマごとに二十〜二十二、計百八の文章を抜粋した。

 テーマは「自然のままに、自由に生きる」「機械にとらわれず、美と愛に生きる」「知性・言葉とともに、無心に生きる」「苦しみや矛盾のなかを生きていく」「禅の悟りは、いわゆる『宗教』ではない」。それぞれに大熊さんが説明の文章を添えている。

 抜き出したのは、いわゆる箴言(しんげん)集のような短いフレーズではなく、一ページに二百字までのひとかたまりの文章だ。「初めて大拙の言葉に触れるという人に向けて編集したが、ある程度まとまりのある文章でこそ、大拙の思想の内容に触れることができる」という思いから。

 例えばこんな文章。

 機械を使うということと、これに使われるということと、二つの見方がある。あるいは感じ方というほうがよいかもしれん。

 自分は使っておると思っていても、その実、使われているのかも知れない。あらわに見るとか感じるとかいう意識にまで発展しなくても、事実上、ハンドルをまわし、ボタンを押しながら、かえって、それに使われているのが普通である。(『新編 東洋的な見方』)

鈴木大拙

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 「禅には難しい漢語の言葉が多いが、できる限り避けた。各章とも文章を一つ一つ読み進めていくほどに、大拙の考えを深く味わってもらえるよう工夫している」という。

 所属する立教大の21世紀社会デザイン研究科では難民、LGBT、貧困、災害などの社会問題について社会人や学生が学ぶ。「社会的な制約に縛られて生きづらさを感じている人が多い。同じ年に生まれた西田幾多郎は一九四五年六月に死去したが、大拙は戦後も生き続け、社会の生きづらさを見てきた。その経験からの言葉には重みがあるし、難しいと敬遠するにはもったいない」

 大熊さんは千葉県生まれ。立命館大を卒業後、金沢大大学院に進み、インドへ留学。帰国後に西田幾多郎記念哲学館に開館準備から携わり、現在も副館長を務めているが、「大拙の文章には二十歳くらいから親しんできた」。その魅力を「大拙という人物は、世界で最も影響力のある哲学者の一人でありながら、ただそこにいるだけで、文章にも気負いがなく、上から押しつけるような権威性もない。その言葉には自分のところに降りてきてくれるような親しみがある」と語る。

 「大拙の思想の神髄は基本的に入れてあるつもり。軽くも読めるけれど、奥は深い。それぞれの文章には出典も示しているので、この本を手がかりに、気になる文章があれば出典に当たってもらえたらうれしい」 二百ページ、千三百円(税別)。

 

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