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北陸文化

【岩津航の南フランス日記】(4) セットの浜辺 

ブラッサンスの墓は内海に面している=今年7月、フランス・セットで

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人生の結論は急がない

 夏のフランスはバカンスの季節である。七月から八月にかけて、大学も図書館も、パン屋も美容院も、施設や店舗の多くが長期にわたって休暇に入る。私も家族とともに、地中海と内海のトー湖に挟まれた漁港セットに数日滞在した。夏のフランスでは、午後六時ごろ、いちばん気温が高くなり、十時ごろに夕暮れを迎える。ゆったりした時間の流れに身を任せて、遠浅の海を泳いだ。

 セットといえば、歌手のジョルジュ・ブラッサンスの出身地だ。同じ南仏出身の歌手シャルル・トレネに触発されて音楽の道へ進んだブラッサンスは、徹底した個人主義者だった。

 「軍隊の歩調に合わせた音楽、そんなものは私には関係ない。だからといって、誰に迷惑をかけるわけでもない。だが、実直な人たちは他人が彼らと違う道を行くのを嫌がる」(「悪い噂(うわさ)」)

 大衆と違う生き方を貫く彼の歌が大衆的な人気を得たのは、体制に対して疑問を呈することがフランス人の琴線に触れるからだろう。

 革命によって誕生した共和制を標榜(ひょうぼう)するフランスは、現在進行中の「黄色いベスト運動」に至るまで、抗議活動を是とする国である。しかし、思想が言葉だけでは現実に力をもたないときに、暴力を伴ってそれを実現しようとする際のもどかしさと危うさを、ブラッサンスは見抜いていた。

 「思想のために死ぬ、それは素晴らしい、だが、どの思想のために?」(「思想のために死ぬこと」)と歌い、性急に思想に殉じる者に冷や水を浴びせかける。間違った思想のために死んだと気づくほど残念なことはない。だから「ゆっくり死のう」、というのが歌の結論である。

 ブラッサンス自身は、生涯の大半をパリで過ごしたが、最後は本人の希望で、トー湖に面したル・ピィ墓地に埋葬された。彼は答えを急がず、むしろ問いかけを続け、見事に「ゆっくり死ぬ」ことを実践した。政治はどこかで結論を必要とする。しかし、個人はどうか。バカンスのさなか、海を眺めながら、ふとそんなことを考えた。

     ◇

 岩津航・金沢大教授(仏文学、比較文学)の南仏トゥールーズ滞在記。第三土曜日に掲載します。

 

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