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北陸文化

【忘れないためにつくり続ける 山本基】[4] 海に還るプロジェクト

「海に還るプロジェクト」で塩を海に撒く筆者(奥)と娘の祐乃ちゃん=広島県尾道市で

写真

娘と妻と私続く時間

 展覧会の最終日は、塩でできた私の作品を集まった皆さんの手で崩し、その塩を海に還(かえ)してもらうプロジェクトを行っている。国内外で何十回と行い、延べ二千人近い人々が参加してくださった。

 金沢で制作した作品の塩が、海を渡って地中海で撒(ま)かれたり、黒潮に乗ったりする。ほんのいっとき作品だった塩が、再び海に戻り、世界中を旅するのだ。

 プロジェクトのきっかけは、米チャールストンでの展覧会。床一面の塩をスタッフが片付ける時、モップで「THANK YOU! MR.YAMAMOTO」と大きく書いてくれたことが記事になり、さらに、身内を亡くされた男性がその塩を海に撒きたいと申し出てくださったのだ。

 作品は消えゆく瞬間さえも心に訴え掛けられること、姿は消えてしまっても大切な核は残っていることを教わった。プロジェクト時の会場はいつも、ここぞとばかりに笑顔で壊す大人たち、無邪気に戯れる子供たちの声であふれている。楽しさが私にも伝わってハッピーになれる。

 妻がこの世を去って二年半。彼女が息を引き取った部屋には、四方の壁に大伸しの写真が百五十枚ほど貼られていて、私と娘は「お母さんの部屋」と呼んでいる。私たちはそこで寝起きし、エピソードを語り合っている。娘の記憶の中に、母と共に生きた証しを刻み込みたいからだ。

 妹や妻の病に寄り添い、彼女たちの苦渋の決断を支え、別れに立ち会ってきた私は、大切な人と過ごした時間を忘れたくないという思いを胸に、作り続けてきた。

 しかし結局のところ、私は作るという行為を通じて、別れを納得して受け入れるための受容のかたちを模索しているのだと思う。亡くなった人に対してできる唯一の弔いは、忘れないこと。忘却という自己防衛本能に抗(あらが)う仕掛けとして、私は床に座り、何日も掛けて塩で描くのだ。

 もちろん、医療従事者や患者をサポートしてくださる方々、何より親族や友人の支えなくして、今の私はなく、娘の成長もままならなかった。しかし、作り続けることで、目をそらさずに向き合ってきたことは確かだ。

 人の一生は時間の積み重なりでできている。私たちは一日一日を生き、思い出という石を積み上げる。ワクワクするような出来事も、ささいな出来事もある。でも、その一つ一つが絶妙に組み上がって丈夫な石垣になり、未来への礎となる。

 私の夢は「生涯現役」。そしてもうひとつは、お母さんの思い出話を肴(さかな)に、大人になった娘と一杯やることだ。(やまもと・もとい=美術家、金沢市在住) =終わり

 ※中国新聞に掲載した同名エッセーを加筆・修正しました。

 

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