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北陸文化

【映画】憲法と平和 目を向けて 「誰がために憲法はある」来月4日から

「改憲が現実味を帯びる中で、映画として何ができるかを問いかけたかった」と話す井上淳一監督=金沢市の中日新聞北陸本社で

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金沢・シネモンド

 平和への願いを込めて渡辺美佐子さん(86)ら十八人の女優が各地で続けてきた原爆朗読劇「夏の雲は忘れない」が今年夏で幕を閉じる。女優たちがどんな思いで朗読劇を続けてきたのかを、憲法と絡めて描く映画「誰がために憲法はある」が五月四日から金沢市のシネモンドで上映される。安倍政権による改憲が現実味を帯びる中、井上淳一監督(53)は「今年の憲法記念日は、現行憲法で最後になるかもしれない。本当にそれでいいのか、映画で問いかけたい」と語る。 (松岡等)

井上淳一監督 時代の変容に危機感

 朗読劇は一九八五年から演劇制作体「地人会」が「この子たちの夏」として始め、二十三年間で七百六十七回にわたって公演してきたが、地人会の解散に伴っていったん中止に。しかし、出演してきた渡辺さんら女優が二〇〇八年三月に新しく「夏の会」を立ち上げ、「夏の雲は忘れない」として続けられてきた。

 出演だけでなく、舞台制作まで、長く演劇、テレビ、映画界で活躍してきた女優たちが、劇団や所属する事務所を超えて上演。しかし多くが八十歳を超え、体力的な問題もあって今年八月に終わりを迎える。

映画の1シーン。原爆朗読劇「夏の雲は忘れない」を上演する渡辺美佐子さん(左端)ら俳優たち。(C)「誰がために憲法はある」製作運動体

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 映画では、昨年の朗読劇の舞台映像とともに、女優一人ひとりがどういう思いで朗読劇を続けてきたのかについてインタビューを重ねた。時代が変容していく中、二度と戦争を起こしてはいけないという、一人ひとりの強い思いを浮かび上がらせる。

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 渡辺さんは、戦時中に東京・麻布の国民学校に通っていた時に恋心を抱いていた一人の同級生のことを戦後も忘れられずにいた。一九八〇年、たまたま出演したテレビの再会番組で、その少年は広島に転校し、爆心地近くで亡くなっていたことを知る。「原爆という恐ろしいものは知っていたが、(被害の)数の大きさで思っていたことが、あの男の子もその一人だということに、がーんと、近くになっちゃった」

 昨年七月、西日本に甚大な被害をもたらした豪雨の合間に、広島で朗読劇を演じた渡辺さん。慰霊碑を訪れ、少年の名前が刻まれた文字をなぞる場面は胸を打つ。

 参加する一人、日色ともゑさんはNHK朝の連続テレビ小説「旅路」のヒロインを務め人気ものになった。その後、女優をしながら「本当にやりたいことはこういう仕事なのか」という悩む中で、師事した宇野重吉さんの「その仕事には『正義』はあるのかを考えろ」という言葉を思い出し、仕事をしてきたと打ち明ける。大橋芳枝さんは「父からいつも『戦争で死ぬんなら反対して死ぬんだぞ』と言われて育った」と語る。

 インタビューは、戦後の演劇人たちが、再び戦争への道を開いてはならないという強い願いを抱きながら活動してきた貴重な記録にもなっている。

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 井上監督が映画を構想したのは、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法などが制定され、安倍晋三首相が二〇二〇年の改憲を公言する中、「こうした動きに対して、映画は何もしなくていいのか」という危機感から。

 最初は芸人・松元ヒロさんが日本国憲法を擬人化して続ける一人語り「憲法くん」を、戦争を知る世代の渡辺さんに語ってもらうことを企画。その過程で朗読劇が終わることを知り、撮影が進んだ。朗読劇のドキュメンタリー部分とは別に、渡辺さんが語る日本国憲法前文。理想とも言える文言は、文字を追うのとは全く別の迫力がある。

 井上監督は、「映画で世界と戦う」を標榜(ひょうぼう)した故・若松孝二監督に師事し、若松プロの青春群像を描いた「止められるか、俺たちを」(白石和弥監督)で脚本も書いた。「戦争を知る世代がどんどんいなくなる中で改憲が進められようとしている。ほんとうにそれでいいのか。憲法が国民の立場から国を縛るものだということさえ忘れられている。映画が憲法について知る第一歩になってくれたら」

 五月四日から上映。五日午前十時十五分からの上映後に井上監督の舞台あいさつがある。

 

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