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北陸文化

【忘れないためにつくり続ける 山本基】[2] 塩を使うわけ

塩で制作する筆者=2015年、ポーラミュージアム・アネックスで(Photo:emyamaguchi)

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「清め」から多様な物語

 私には仲の良い妹がいた。しかし、彼女が看護師として働き始めて間もなく悪性の脳腫瘍が見つかり、二年間の闘病を経て亡くなった。一九九四年、二十四歳の若さだった。

 当時、がんは告知しない風潮だったが、私たち家族は妹を囲んで話し合った。妹は抗がん剤や放射線治療の後、職場復帰を果たし、一年近く看護師として働いた。再発後の進行は早く、本人が住み慣れた自宅での介護を望んだことから、家に連れて帰った。

 終末期の在宅介護はまだ珍しく、支援体制も未整備で、金沢美術工芸大に通っていた私は休学し、妹のベッドの横で眠る生活を始めた。前夜までは一人で歩けたのに、今朝はもう歩けない。次第に気力や表情が失われていく妹を前に、迫る死と向き合う日々を過ごした。

 自宅での介護を始めてひと月半ほど経(た)った寒い日の午後、妹は息を引き取った。つないでいた手の力が抜け、目から生気が抜けていく。その瞬間の感覚はいまも脳裏に焼き付いている。魂というものがあるとしたら、きっとこれなんだと思った。

     ◇

 私は妹が治る見込みがないと診断された後、その不安感をぶつけるように絵を描いた。しかし、彼女が亡くなってからは、魂が抜ける瞬間を捉えようと試みたシリーズや、終末期医療や死にまつわる儀式をテーマに、身近な物を使って制作するようになった。そして、葬式をテーマに制作した時、「清め」の意味で使われている塩を素材に選んだ。

 塩は結晶で透明感がある。私は吸い込まれるような白さに神聖さを感じ、生命の記憶が閉じ込められているのではないかとさえ思うようになった。また、人は塩に何らかのイメージを持っている。海水浴を想像する人、お母さんの作ったおにぎりを思い浮かべる人。それぞれの物語とつながることで、作品の捉え方に多様さが生まれることにも興味を覚えた。

 私の作品は全て、亡くなった人の姿を心に留めておきたいという願いを形にしている。制作中、もし思い通り描けなくても消さず、描き足して形を整える。人生はやり直しが利かないことを意識するためだ。

 そこには私の悔やみ切れない思いもある。妹が亡くなる前に家族旅行を計画していたが、先延ばしにしていたら病が再発してしまったのだ。妹が見たがっていた昔のアルバムも、結局探し出すことができなかった。人生に失敗はつきものだし、失敗なくして人は成長できない。しかし、人生は巻き戻すことができないことも、しっかり肝に銘じておきたいのだ。 (やまもと・もとい=美術家、金沢市在住)

 ※中国新聞に掲載した同名エッセーを加筆・修正しています。

 

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