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北陸文化

【美術】 同時代の画業たどる 脇田和、猪熊弦一郎 2人展

 戦後の画壇で活躍した洋画家の脇田和(かず)(一九〇八〜二〇〇五年)と猪熊弦一郎(一九〇二〜九三年)の作品を集めた企画展「脇田和と猪熊弦一郎−モダンの展開」が二十日から石川県立美術館(金沢市出羽町)で開かれる。戦前に小磯良平らとともに新制作派協会を創立してから、生涯にわたって深い交流のあった二人の画業をたどる。六月九日まで。

生涯にわたる交流 多くの共通点

石川県立美術館 20日から

(上)脇田和(1986年)(下)猪熊弦一郎(1980年)

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 脇田家の祖先は加賀藩に仕えた武士。実業家だった脇田の父が金沢生まれだった縁で、脇田のアトリエのあった長野県軽井沢町にできた脇田美術館が、二〇〇六年に収蔵品の三割にあたる三百十七点の作品を石川県立美術館に寄贈した。企画展は、このコレクションを脇田と交流の深かった画家の作品とともに紹介する企画の第一弾。

 脇田は東京に生まれ、十五歳でドイツのベルリン国立美術学校に学んだ。帰国後、一九三六年に新制作派協会の創立に参加し、具象絵画の第一線で活躍。戦後は叙情性と構成を兼ね備え、奔放な作品世界が幅広い支持を得た。

(上)脇田和「放鳥」(縦162.1センチ、横130.3センチ、1953年(下)「暖帯」(縦162センチ、横130・3センチ、1985年、いずれも石川県立美術館蔵)

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 猪熊は高松市生まれ。一九三八年にフランスに留学してマチスに師事。従軍画家として戦争画も手がけた。五五年に活動の拠点をニューヨークに移し、マーク・ロスコやジャスパー・ジョーンズとも交流。明確な色彩と点や線による幾何学模様による画面構成で独自の表現を確立。壁画の制作や「小説新潮」の表紙絵、三越の包装紙のデザインでも知られ、晩年は夫人の顔を無数に並べたシリーズを描き続けた。猪熊の作品がまとめて紹介されるのは石川県では初めてという。

 企画した同美術館の二木真一郎普及課長は「具象から出発し、戦後は壁画や雑誌などにも投稿。鳥や動物をモチーフにしたり、同じ一九九一年にそれぞれの美術館ができるなど共通点が多い」と指摘。夫人がいとこ同士で、猪熊は脇田を親しみを込めて「和ちゃん」と呼び、猪熊の葬儀では脇田が葬儀委員長を務めるなど、親交は生涯続いた。

 企画展は二部構成。一部では、脇田二十九点と猪熊の二十四点の作品を六〇年代から九〇年代まで十年ごとに並べて展示し、個性あふれる創作の歩みを比較しながら紹介する。二部では脇田の初期から晩期まで、詩情あふれる作品の展開を堪能できる。

(上)猪熊弦一郎「月と猫達」(縦80センチ、横100センチ、1953年、香川県立ミュージアム蔵)(下)「Faces47」(縦121・6センチ、横101・5センチ、1988年、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵)

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21日木島俊介さん講演

 二十一日午後一時半から、美術館ホールで、木島俊介・ポーラ美術館館長が「脇田和と猪熊弦一郎−心の存在(ありか)を求めて」と題して講演する。無料、申し込み不要。

 

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