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北陸文化

【文学】世界を知るための言葉 堀田善衛生誕100年記念展 高志の国文学館 

「堀田善衛−世界の水平線を見つめて」展では晩年の書斎も再現されている=いずれも富山市の高志の国文学館で

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 富山県高岡市出身の作家・堀田善衛(一九一八〜九八年)の生誕百年を記念し、富山市の高志の国文学館で開かれている特別展「堀田善衛−世界の水平線を見つめて」(十二月十七日まで)。自筆原稿、スタジオジブリ宮崎吾朗監督による初公開の「路上の人」のイメージボードなどから、多面的な堀田文学をたどり見応えがある。オープニングでは、長女の堀田百合子さんと、堀田さんに私淑するスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーの対談も。展示では、乱世を生きる人々を描き、歴史や文明への洞察から生まれた言葉の数々から二十の言葉を選び、その核に迫ろうと試みる。そのいくつかを「堀田善衛を読む−世界を知り抜くための羅針盤」(集英社新書)から紹介する。 (松岡等)

世界の水平線を見つめて

 自伝的小説「若き日の詩人たちの肖像」(一九六八年)は、高岡・伏木の回船問屋に生まれた堀田が旧制金沢第二中学を経て、東京に出て以降、交流した詩人、小説家らをモデルに、戦争へと向かう時代と若者たちを活写した作品。

 県立神奈川近代文学館所蔵の自筆原稿では「水平線を見て育った者は、真直ぐ前を見て行くのだ」という一文で小説は締めくくられるが、単行本にはない。堀田がこの文をなぜ削除したのかには文学的な興味をそそられるが、日本海を見て育ったその後の堀田の生き様のようでもあり、若い人々へ向けたメッセージであるようにも思える。

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何万人ではない、一人ひとりが死んだのだ

トークイベントで自作のイラストを見せるスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー(左)と堀田善衛さんの長女・堀田百合子さん

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 一九三七年の南京大虐殺を中国の知識人の視点から描いた小説「時間」は終戦からまだ十年の一九五五年に書かれた。「何万人と一人一人。この二つの数え方のあいだには、戦争と平和ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差がある」と続く。

 戦争と人間存在の本質を問い、悲惨な歴史を繰り返さないために、過去を直視して歴史から学ぼうとする姿勢は、生涯貫かれる。

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路上から見る

 中世ヨーロッパの転換期を、路上に生きる“自由人”である主人公ヨナの目を通して観察する小説「路上の人」(一九八五年)。「ルンペンであった方がヨーロッパは見えてくる。組織に属した者は眼を組織の方に向けてしまうから、自分のいるところが見えなくなってしまう」と評論家・篠田一士との対談で語る。その中で堀田はヨナが自分の分身であると述べている。

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納得できない場合には、未決のままにしておかなければならない

 十六〜十七世紀のフランスを見つめた「エセー」の著者として知られるモンテーニュ。宗教、国家からの人間解放を理想に掲げたその姿勢に共感して書かれたのが、「ミシェル 城館の人」(一九九一〜九四年)。

 その中で「<未決のまま>にして、それを胸中に置いたまま生きることの方が、はるかに勇気を要するのである」と堀田は書く。それは、「スピード感をもって」などと、早急に「解決」ばかりを求めがちな現代の愚を戒めてもいるようだ。

堀田善衛の文学について語る高橋源一郎さん

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高橋源一郎さん講演

当事者主義を超え普遍性 堀田作品

 「堀田善衛−世界の水平線を見つめて」展では、関連イベントの講演で作家の高橋源一郎さんが、読まれなくなった多くの「戦後文学」の中で、堀田作品が獲得した当事者文学を超える普遍性を説いた。

 戦後文学が読まれなくなった理由に高橋さんは、戦争に行った当事者と、戦争を経験していない人たちとの「断絶」を挙げ、「方丈記私記」で、千百年前の戦乱と災害の京都を描いた鴨長明の「方丈記」と、一九四五年三月十日の東京大空襲を重ねた堀田の手法に注目する。

 「3・10の空襲の風景をそのまま書けば当事者主義が生まれる。『あの悲惨な風景を(読者の)君たちは見てない。僕は見た。ああいう悲惨なことは許してはいけないと僕は思う。君らも思うでしょう』では、戦後二十五年を経て(読者に)通じない。そう堀田さんは感じたのだと思う。でも千百年前の京都は、堀田さんも、読者も見てない。そこに読者と作者の上下関係はない」と。

 さらに「方丈記私記」は東日本大震災後の風景とも重なり、石牟礼道子さんの「苦海浄土」や宮崎駿監督のアニメ映画「風の谷のナウシカ」などとともに、震災後に改めて見直された。「3・10の風景が、3・11につながり、串刺しのように千百前の京都につながる。これが堀田さんの想定を超えて実現してしまった。普遍的な作品が持つ、自動的に作品が更新していく力だと思う」

 また、戦争になだれをうつ一九四〇年代の詩人、小説家らの群像を描いた自伝的小説「若き日の詩人たちの肖像」について、「今こそ若者たちに読まれるべきだ」と力を込めた。

 発表された一九六八年は世界中で学生がベトナム反戦を叫び、パリ五月革命があった「戦後、最も重要な年」。小説では、戦争が始まる中で、若者たちの新しい知識に対する願いの強さが「それを得るためには死んでもいいくらい」に描かれた。

 「(作中の)抑圧の中にある在日朝鮮、中国人たちの悲鳴は、今ならヘイトスピーチ。八十年前の物語だが、戦争へ向かう風景は抑圧や同調圧力を含め、今とよく似ている。若者にとっては同じような世界に見えるのでは」と続けた。

 ここでも作品は作者の意図を超えて迫る。「戦争に向かってなだれていく世界の中で、若者たちがどう踏みとどまったかという物語だが、これって今がそう。戦争のような状況に向かって国全体がなだれをうっている点で、小説の状況と一緒です」

 

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