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北陸文化

【コミュニティシネマ 街中銀幕から】 数字の裏の人々

 先日、学生たちとマクドナルドの創業者についての映画の感想を聞く機会があった。マクドナルドの創業には、ファストフードのシステムを開発した人と、フランチャイズで世界規模に拡大した人がいる。

 映画は、システムを開発したオリジナルのマクドナルドの創業者を、品質が保証された食材を素早く安く提供するために調理から提供のシステムの原型を作った人物として描かれている。かたや、フランチャイズを進めた人物のことは投資家として、必要ならば非情な決断をも辞さず、最終的にはオリジナルの創業者との口約束を無視し、詐欺まがいのこともいとわない人物として描かれていた。

 学生たちからは、世界規模に拡大した人のポジティブな姿勢を支持した感想が多かった。いわく、人生は勝負なのだから敗北したら仕方がない、成功のためならばある程度の犠牲はつきものだ。世の中はきれいごとだけでは成功できない。

 なるほど、確かにそうなのだろう。現在の物質的にも経済的にも豊かに感じられる便利な社会はそういった日々の努力と犠牲の上に成り立っていて、その成果を享受して世の中の日々は営まれている。しかし、犠牲や敗者とされる者の立場から見たらどうなのだろうか。当事者は仕方がない、で済む話なのだろうか。

 二十四日から上映の『ほたるの川のまもりびと』という映画は、半世紀もの間、ダム建設に抗(あらが)いふるさとを守り続ける十三世帯の人々を描いたドキュメンタリー映画だ。山田英治監督は、ダム建設反対運動や主張を映画の中心にすえるのではなく、そこで暮らす人々の日々の営みを中心に描いている。稲穂が実り、大人も子どもも小川で釣りをしたり遊んだり、イノシシの子どもが現れたりする日本の原風景のような田舎の景色。そんな小さな里山の豊かな暮らしと、この環境が、ダムなどの建設で失われてしまうかもしれないことを多くの人に知ってほしかったと監督は語る。ダム建設に対して抵抗を続ける十三世帯という文言や短いニュースだけでは、実際のどんな人々が暮らしているのか伝わらない。彼らの顔をみて、暮らしぶりを見て、魅力的な里山を見ることから何かが始まるのではと。

 個人や企業の成功や公共の利益の影で犠牲となる人々から奪われるものの価値。果たして失われるものに見合うものなのだろうか。失業率が改善されたとか、景気が回復したとか、数字の上から生まれる表現、事故の報道で死傷者何名と表される人々。彼らは一人一人違う人生を過ごしてきた人である。いつ、自分がその数字だけで表される側になるかもわからない。バランスのとれた想像力が必要だ。 (シネモンド支配人・上野克)

 

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