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線路脇に立つ慰霊碑に手を合わせる彦坂昭市さん=愛知県田原市の神戸−豊島間で

 神戸(かんべ)駅(愛知県田原市)から東に約300メートル。踏切のすぐ脇に慰霊碑が立つ。鳴り響く警報機、駆け抜ける電車の風圧にも動じない、歴史の重みを漂わせて。

 終戦前日。米軍の戦闘機P51三機から、列車が機銃掃射を受けた。乗員乗客15人が死亡、16人が負傷したとされる「渥美線機銃掃射事件」。当時18歳の大谷孝子さん(91)=同県豊橋市=は食糧買い出しの帰り。「防空頭巾が焼け、母の肩に銃弾の破片が刺さった。ドアから転がり落ちるように降りた」

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 陸軍で米軍機の監視を担った彦坂昭市さん(88)=田原市=は14歳。非番だったが自宅近くの櫓(やぐら)から、低空で旋回するP51の操縦士の顔を見た。「軍国少年」だった。同級生の車掌の死を聞いて「うらやましいとさえ思った」。

 長らく謎だった事件。近年、東三河の郷土史家らが史実を掘り起こした。むごさを知った彦坂さんは紙芝居を手作りし、昨年1月から地元で語り継いでいる。

 慰霊碑の前で手を合わせた後、そっとつぶやいた。「一番大切なのは人命。悲惨な戦争を繰り返してはいけない」

 文 ・中川 翔太
 写真・吉岡 広喜

 豊橋鉄道渥美線 1924年、渥美電鉄が開業し、27年に全線開通。40年に名古屋鉄道が渥美電鉄を吸収合併し、渥美線に。54年、豊橋鉄道に譲渡された。三河田原駅(愛知県田原市)と新豊橋駅(同県豊橋市)を35分で結ぶ延長18キロで、全16駅。戦時中、田原市の渥美半島先端に旧陸軍の射撃試験場があったため、三河田原駅から半島先端まで延伸する計画があったが、戦局悪化で中断した。

三河田原駅と新豊橋駅を結ぶ豊橋鉄道渥美線(動画)

 

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