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小田遊水地(左後方)に沿って走る列車。中央右は小田陸閘(りくこう)で、堤防を貫く道を貯水時に閉ざす=三重県伊賀市で

 三重県伊賀市の伊賀鉄道新居(にい)駅の南。沿線の田んぼは堤防に囲まれ、有事には巨大な池と化す。

 国が整備した上野遊水地。新居、小田(おた)、木興(きこ)、長田(ながた)の四遊水地の総称で、2015年に運用が始まった。木津川などが増水すると遊水地に水が入り、危機が去ると排水門から川に戻す。地権者には補償をする仕組み。ためられる水はナゴヤドーム5個分を超える。

 一帯は川が合流し、下流の幅が狭いため、昔から洪水が頻発。郷土史家の北出楯夫さん(77)によると、明治期、関西鉄道上野駅(現・関西線伊賀上野駅)と上野中心部を結ぶ道の橋がよく流された。橋が頑丈な鉄道が望まれ、大正期に伊賀軌道(現・伊賀鉄道)が生まれた。

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 1953(昭和28)年8、9月の「二八水害」で、この地域の死者・行方不明者は30人以上。福持佐九治さん(77)は「2階に家財を運び、近所の平屋住まいの人も逃げてきた。床上1.6メートルぐらい浸水した」と振り返る。

 「あんな思いは、もうしたくない」と福持さんも期待する遊水地。昨秋、台風21号襲来時に水をため、地域を守った。

 文 ・日暮大輔
 写真・佐藤哲紀

 伊賀鉄道 伊賀上野(三重県伊賀市)と伊賀神戸(同)を結ぶ16.6キロで15駅。1916(大正5)年に、前身の伊賀軌道の上野駅連絡所(現・伊賀上野)−上野町(現・上野市)が開通したのが始まり。数度の合併を経て44(昭和19)年、近鉄伊賀線となった。2007(平成19)年、伊賀市と近鉄が出資する第三セクター伊賀鉄道の運行に。17年、車両や施設を市が保有し、運行を伊賀鉄道が担う公有民営方式に移行した。

忍者の里を走る伊賀鉄道(動画)

 

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