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【大相撲】

元寺尾「よく頑張ったな」 兄・逆鉾の死去にも気丈

2019年9月18日 紙面から

報道陣に取材の自粛を願い出る錣山親方(右)=東京都墨田区の井筒部屋で(坂本亜由理撮影)

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 大相撲でもろ差しの技巧派として人気のあった元関脇逆鉾の井筒親方(本名福薗好昭=ふくぞの・よしあき)が16日午後9時11分、東京都内の病院で死去した。58歳。鹿児島県出身。関係者によると、7月の名古屋場所後に糖尿病が悪化。検査で膵臓(すいぞう)がんが発覚し、8月下旬から東京都内の病院に入院していた。がんは肝臓にも転移し、4日ほど前から容体が急変したという。弟の元関脇寺尾(現錣山親方)、兄の元十両鶴嶺山とともに「井筒3兄弟」と呼ばれ、幕内優勝経験はなかったが、1987年九州場所から9場所連続で関脇を務めるなど三役在位は通算16場所。92年秋場所限りで引退後は春日山を襲名し、師匠の定年に伴い94年4月に井筒部屋を継承。横綱鶴竜らを育てた。

 実弟の錣山親方は、午前9時30分に入場券のもぎり業務を終えると取材に対応。言葉からは兄への思いがあふれた。

 長兄の福薗好政さん(元十両鶴嶺山)と最期をみとった。「一番上の兄貴と私の気持ちは『よく頑張ったな』。最後まで顔を見られたというのは幸せだったなって。おれら兄弟3人、両親の死に目に会えていないんでね」。病状を知ってから1カ月もたっていないほど急だったが「本人は頑張ったんだから、それを褒めてあげるしかないです」と話した。

 子どものころの思い出は多い。「しょっちゅうけんかばかりしてたよ。『チビ2人』って言われて育ったから。一番上の兄貴はちょっと年上だったから別格扱い。井筒(親方)からしたら年は1つ上なのに『チビ2人』っていうのはきつかっただろうね」と懐かしんだ。

 井筒親方は兄だが、兄弟子であり、師匠でもあった。「でもやっぱり兄弟なんだよね。おれら3人にとって、おやじとおふくろの子どもで生まれてきたっていうのが一番の自慢。井筒は最初におふくろとおやじのもとに戻ったんかなって。そう思うとね、気持ちも少し楽になる」。取材後は向正面のテレビ解説を務めた。

 井筒親方の遺体は、午後になって両国国技館に近い東京都墨田区の部屋へ運ばれた。その前に井筒部屋へ姿を見せた錣山親方は、集まっていた報道陣の前で姿勢を正し、深々と頭を下げた。

 「井筒は散々闘ってきました。最後は家族でゆっくりと見送らせてください。撮影や取材はここで終わりにしていただけませんか。心からお願いします。弟としてお願いします」と何度も頭を下げた。

 

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