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【スポーツ】

[自転車]競輪からケイリンへ 東京五輪で金メダル狙う脇本

2019年2月4日 紙面から

調整に臨む脇本雄太=静岡県伊豆市の伊豆ベロドロームで(河口貞史撮影)

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 1500万円以上の賞金を“犠牲”に、世界最強の座と、東京五輪の金メダルを射程にとらえた男がいる。自転車トラック競技・ケイリンのエース、脇本雄太(29)=日本競輪選手会福井支部。日本発祥の競技でありながら、競輪と似て非なるものへと発展した「トラック競技のケイリン」で、世界の頂点を争うW杯で既に2勝。国内の競輪界も席巻する最強選手に迫った。 (藤本敏和)

 競輪とケイリン−。競輪選手たちが「トラック競技」という種目名を省略して「競技」と呼ぶ五輪種目で、脇本の名は既に海外までとどろいている。アジア大会はもちろん、W杯ですら他の選手からマークされる、日本トラック短距離競技の現エース・脇本。この男が世界トップレベルまで伸びたのはわずか3年足らずでのことだった。

 福井・科学技術高時代から“競技”志向で「オリンピックに出たいから競輪選手になったんです」とまで言い切る。

 それほどのモチベーションが、2016年リオデジャネイロ五輪で切れかけた。海外のトップ選手に対抗できず、予選ラウンドで敗退した。

 「世界との違いを目の当たりにしたんです。ウオーミングアップ一つとっても、日本の選手がやみくもに走っていたのに対し、強豪国の選手たちは分刻みでローラーに乗って僕らより早く体を仕上げてくる。あらゆる所でノウハウの差があると痛感して、海外から指導者が来るようにならなければやめようと思っていました」

 そのタイミングで、フランス人のブノワ・ベトゥ監督(45)が就任した。フランス、ロシア、中国の代表コーチを歴任し、五輪で何度もメダル獲得に貢献した辣腕で、2020年東京五輪のために招聘された世界トップの指導者。脇本の競技への闘志にも再び火がついた。

 ただし、ブノワ・ジャパン入りには前代未聞の条件があった。日本で唯一の国際規格バンク(1周250メートル)がある静岡・伊豆市のベロドローム近くに転居すること。そして、競輪よりも海外での大会やトレーニングを優先すること−。自転車の上でもプライベートでも全ての面においてケイリンありきの生活を求められたのだ。それでも脇本に迷いはなかった。覚悟を決め、その条件を受け入れた。

 最初から順調だったわけではない。ブノワ監督は母国から強化の“特効薬”を持ってきたわけではなく、練習内容自体は競輪選手がやってきたことと変わらない。トラック、ジム、ロードと基本の積み重ねだった。

 すぐに成績、結果にも結び付かなかった。加えて、約束通り代表合宿や海外大会への出場を優先したため競輪の出走数が大幅に減った。その結果は収入の激減というシビアな形であらわれた。

 脇本は「賞金収入は1500万円以上減った。正直(前年度の収入が基準となるため)税金が払えるのかっていう状況で。競輪で成績も出なかったし、不安でした」と当時を振り返った。

 だが、新体制での強化は次第に実を結ぶ。ブノワ流の、選手一人一人に細分化された練習メニューと、その内容全てをパワーメーターなどの最新機器をフル活用して分析する細やかな指導が効果を出し始めた。

 強化は身体面だけではなかった。「ブノワはレース前に作戦は指示しないが、後のチェックはものすごくやる。『その時どんな考えで走っていたか』などを話し合うんです」。そんな時間を通じ、これまで無意識でやっていた動きを自らの武器として身に着け、相手の動きも読めるようになっていく。「自転車IQ」が鍛えられたのだ。

 まず成果が出たのはトラック競技。2017年12月のトラックW杯チリ大会のケイリン種目。年間4〜6大会しか行われない世界トップレースで、脇本は日本勢として実に14年ぶりの優勝を果たしたのだ。

 18年は、さらに大きく花開いた。10月のフランス大会でW杯2度目の優勝を勝ち取ると、後回しにしていたはずの競輪でも8月のオールスターと10月の寛仁親王杯でGI連覇を達成した。国内でも海外でも、その存在感は群を抜いていた。

 ただ、脇本はまだ満足していない。「海外にはまだ通用しない相手がいる」からだ。その名はリオ五輪のケイリンで金メダルを獲得したジェーソン・ケニー(英国)と、同大会銀のマティアス・ブフリ(オランダ)。「この2人は僕が乗り越えなければいけない相手。W杯2勝は、ともに2人が欠場した大会でした」

 だが、2人に追いつき追い越すための道筋は見えてきた。「ブフリはパワーなら最強だけど持久力がない。東京五輪までに、ブフリと同等の走力を身に付ければ勝てます。ケニーには頭脳とうまさがあるが、ブフリと同等の走力を備えれば真っ向勝負では負けない」。東京五輪まであと2年弱。脇本は進化を止めずに駆け抜ける。

インタビューに答える脇本

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◆競輪との違い バンクが小さく純粋な走行技術が求められる

 トラック競技の「ケイリン」は、もちろん日本の公営競技・競輪から生まれたもの。だが、さまざまな理由から、かなり違った競技性のスポーツとなっている。

 最大の差はバンクの大きさ。国内の競輪は1周333〜500メートルの舗装路バンクで競われるが、ケイリンに限らず全てのトラック競技は屋内で実施され、バンクも同250メートルの板張り。「250メートルバンクでは、直線が短いため最後のストレートだけで差し切って勝つというのがほとんどできない。加えて、小さいバンクでスピードも速いため、強烈な遠心力がかかり、風の影響も全くないので純粋な走行技術が非常に求められるんです」(脇本)という。

 差して勝つことが難しいため同国人同士の連携などにこだわらず、先手先手と積極的に動かなければ勝負にならない側面もある。「競輪とは違う面白さがある。伊豆のバンクにスクリーンを設置して、見どころを解説しながら見られるようにすれば、それを理解してもらえるのに、と思うんです」と脇本。トラック競技のファンを増やすことも彼の目標の一つだ。

<脇本雄太(わきもと・ゆうた)> 1989(平成元)年3月21日生まれ、福井市出身の29歳、180センチ、82キロ。福井・科学技術高で競技を始め、2005、06年国体・少年1キロ個人タイムトライアルを連覇。卒業後は家計を助けながら五輪を目指すために競輪学校に入学、08年にプロデビューした。09年から代表活動にも精力的に参加。ケイリンで17〜19年アジア選手権3連覇、W杯で17年チリ大会、18年パリ大会を制覇。競輪でも18年にオールスター、寛仁親王杯でGI連覇を果たした。家族は昨年5月に挙式した麻里奈夫人。

 

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