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【首都スポ】

[大学ラグビー]早明戦 対抗戦優勝かけ全勝対決 あす四半世紀ぶりに実現

2019年11月30日 紙面から

早大・五郎丸(右)と明大10番の田村は死闘を繰り広げた=2007年12月2日(大友信彦撮影)

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 ラグビー早明戦が大変だ。関東大学ラグビー対抗戦グループの最終戦が1日に行われるが、今季の早明戦は対抗戦優勝をかけて全勝同士でぶつかる頂上対決となった。かつては毎年のように優勝をかけて激戦を繰り広げた両校だが、ともに全勝で早明戦に臨むのはなんと25年ぶり! その25年、両校はどんな時代を過ごしていたのか? そして今年の対決の行方は? (大友信彦)

 「そんなになるんですか?」

 明大の田中澄憲監督(43)は目を丸めた。24日に帝京大を破って6連勝を飾り、前日に慶大を破った早大と「25年ぶりで全勝対決」と聞いての反応だ。

 驚くのも無理はない。前回の全勝対決は1994年。明大の1年生だった田中監督は対抗戦出場ゼロ。まだ大学デビュー前だった。田中監督はほとんどの試合でリザーブに入っていたが、当時は交代出場は選手が負傷した時のみ。さらに、当時の監督は明大が北島忠治さんで早大は宿沢広朗さん。ともに今は亡き、日本ラグビー史に名を刻む名監督だった。振り返ると歴史のかなたにも思えてくる。

 田中監督のセリフには続きがあった。「ボクが3年のときは?」

 田中監督が3年の年に北島監督が亡くなった。明大はそのシーズン、喪章として黒襟のジャージーで戦った。明大は対抗戦全勝優勝を飾ったのだが、早大が慶大に1点差で敗れ「全勝同士」は実現しなかったのだ。

 そこで、この25年間、「早明全勝対決」を阻んできたのはどこかを別表にしてみた。

 前述の96年から98年は明大が毎年全勝で来たが、早大が慶大、慶大、日体大に敗れ「両者全勝」はならなかった。99、2000年はともに慶大に敗れ、優勝にからまない早明戦となってしまった。

 01年からは清宮監督が就任した早大が黄金期に突入。07年まで7年連続対抗戦全勝優勝を飾るのだが、明大が逆に低迷。惜しかったのは07年。早大が全勝、明大は慶大と引き分けたが無敗で早明戦にたどりつき、互いに「勝てば優勝」という決戦になった。このときの4年生には前回W杯で活躍した早大の五郎丸歩や畠山健介が、1年生には今回のW杯で活躍した明大の田村優、早大の山中亮平がいた。

 だが早明時代の復活はかなわなかった。帝京大の時代が来たからだ。帝京大は08年に対抗戦初優勝、10年からは9連覇を飾る。大学選手権も09年度から9連覇の偉業を樹立するのだ。

 歴史をさかのぼれば、対抗戦の始まった67年以降、94年までの28年間で、両校が全勝で迎えた早明戦は10回あった。90年からは3年連続全勝対決(その最中、91年度の早大主将が現在の相良監督だ)。当時は大学選手権でも毎年のように早明が優勝を争った。早明戦が「天下分け目」と形容されたゆえんである。

 だが90年代後半は、明大は強くても早大が低迷、00年代は逆に早大が復活したが明大が苦しんだ。そして10年代は帝京大が頂点に君臨−。

 かくして、四半世紀もの時を経て、今季の全勝対決は実現した。幾多の名勝負に彩られてきた12月最初の日曜日。今年はどんな戦いを見せてくれるだろう?

    ◇

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